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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第2話 決意 第2章

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01 砂漠を知っているのか

 (ケルク)の手入れをしていたカリ=スは、ふと気配に気づいた。

 顔を上げて厩舎の入り口を見れば、そこに見覚えのある姿がある。砂漠の男は記憶を思い起こすように目を細めた。

「リーン、だったか」

「やあ、カリ=ス」

 独特の形をした袋の中身は、詩人たちがよく持つ弦楽器(フラット)だとすぐに知れた。それがなくても、リーンという名の青年はなかなかに「吟遊詩人(フィエテ)」と言うのがよく似合う顔つきをしていたが。

「ヴェルは一緒じゃないの?」

「部屋だ」

 男は簡潔に答えた。

「彼に何か用か」

「別にそういう訳じゃないよ。僕もここに馬を預けてるんで、様子を見にきたんだ」

 それが吟遊詩人の答えだった。

「ここの世話は万全だから安心だけど。でも君は、それにも満足しないみたいだね?」

「そういうつもりではないが」

 カリ=スは戸惑ったように言った。

「こうして触れ合い、話をしてやらねば、彼らは寂しがる」

「成程、砂漠の民だね」

 納得したようにリーンは言った。カリ=スは返答に迷う。彼は確かに〈砂漠の民〉と言われる、大砂漠(ロン・ディバルン)に生きる部族の生まれだ。だが、「西」の人間は彼らのことなどほとんど知らない。大砂漠に近しい「東国」と言われる辺りの人間を指して「砂漠の民」と言うことも多いのだ、と西に生きるようになってからカリ=スは知ったが、リーンはそう言ったのではないような気がした。

「砂漠の民を知っているのか」

 その感覚に従って、彼はそう問うてみた。

「少し、ね」

 リーンは答えた。

「何年か前、ミロンという種族に世話になったことがあるよ」

「ミロン」

 カリ=スは繰り返した。

「それは、我らの南に生きる民だ。ではお前は本当に砂漠を知っているのか」

「少し、ね」

 リーンはまた言った。

「砂漠の民の前で砂漠を知っているだなんて、とても言えないな」

 言いながらリーンは、彼の馬とおぼしき生き物の前までやってくるとその鼻面を撫でた。

「何故、行った」

「砂漠に? ちょっと、用事があって」

「おかしな男だな」

 カリ=スは少し笑うようにした。

「西の人間が、生けるもののない、無味乾燥な大砂漠にどんな用事がある」

「君は『西』が長いんだね」

 リーンも笑った。

「こちらの言い方を真似して自分の故郷を茶化すなんて。君たちがどんなに砂風を愛しているか、僕は判ってるつもりだけど」

 カリ=スは驚き、不思議な響きの言葉を発して何か仕草をした。リーンは首を振る。

「ごめん、そこまでは詳しくないんだ。それには礼儀を返せない」

「かまわない。いまのは、返礼を必要としない言葉だ」

 男はそう言うと、馬の手入れに戻った。

「連れの戦士(キエス)はどうした」

「訓練所で剣を振り回してる。物騒だよね、僕はあんまり好きじゃないけど」

「では、何故彼と旅をする」

「それは……」

 リーンは考えるようにした。

「面白そうだからかな」

 そう聞いたカリ=スは苦笑した。

「お前は、ヴェルと気が合いそうだ」

「そう? 彼に似たことを言う男には嫌われ続けたもんだけどなあ」

 リーンは肩をすくめた。

「そうではあるまい」

 カリ=スは言った。

「ヴェルならば、お前を好く。だからその男がヴェルに似ているというのならば、その男もお前を好いていたはずだ」

「そうかな。まあ、嫌われていると思うのは気分のいいものじゃないから、お言葉に甘えてそう考えることにしよう。彼には怒られそうだけれど」

「お前は」

 男はふと手を止めた。

「見た目ほどには、若くないのだな」

「……それってどういう意味」

 リーンは顔をしかめた。

「僕が若作りしてるとでも言うのかな」

「そうか、年を取っているというのは非礼に当たるのだったな」

 思い出したように砂漠の男は言った。

「詫びよう」

「いいよ、そんなの。ま、実年齢より若く見られることは確かさ」

 二十代の半ばから後半に見える吟遊詩人は、好んで若い顔をしている訳じゃないけどね、などと言った。

「お前の心は、年を重ね、経験を積んだ者のように落ち着いている。そう見えるのだと言いたかった」

「君たちの目は不思議だなあ」

 リーンは驚いたように言った。

「君たちの長は予見のような力を持っているみたいだけど、民たちにもみな共通するのかな」

「全員ではないが。私は長の孫に当たるから、もしかしたらそう言った力も少しはあるのかもしれない」

「へえ」

 リーンは興味ありそうな声を出した。

「孫。じゃあ君は、いずれ長を継ぐ位置にいるんじゃないの? こんなところへきていていいのかい?」

「こちらで言う王位とは違う。長は身体に流れる血で選ばれるのではない」

「世襲制じゃないのか。それじゃ、どうやって次の長を決めるんだい」

「長は砂に還る前に必ず次の長を指名する」

「しないで亡くなるってことは……ないのか。予見者だもんね」

「いや」

 カリ=スは否定した。

「自身の運命は見ることができない。ただ、指名するべきときだけが判るのだと言う。多くは死が近いことを意味するが、病に倒れて長であり続けることができなくなることもある。なかには、次代を指名したあと、砂の神(ロールー)に導かれて大砂漠の奥へと行ってしまった長もいるという話だ」

 伝説だが、と砂漠の男は言った。


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