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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第2話 決意 第1章

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13 乗り越えたと言うよりも

「まあ、ローデン様のことはいいや。腕輪だったな。町憲兵隊で尋ねてみるよ、一家の遺品について」

「――そうだね。僕がやってあげられればいいんだけど」

「何言ってんだよ、ユファスは忙しいんだろ。翡翠の腕輪だか何だか、記憶から引っ張りだしてきてくれただけで上等さ」

 弟は心から言った。それに対して兄が浮かべた、言い様のない表情が何を示すのかは判らなかった。ただユファスは立ち上がり、ティルドは手を振った。

「坊ず」

 その呼びかけに少しむっとしながら振り返れば、ここの主の姿があった。

「トルス料理長」

 戦場の指揮官の忙しさは一戦士の比ではないから、ティルドが彼と言葉を交わすのは、紹介されたときに続いて二度目となる。

「あまり兄貴を苛めるなよ」

「はあっ?」

 ティルドは大声を出した。

「誰が、いつ、どうやって」

「お前さんが。たったいま。奴の傷をほじくり返して、だ」

「傷?」

 ティルドが顔をしかめると、トルスは、あの馬鹿、と呟いた。

「案の定、何も言っていないのか。弟にくらい、本音で話せってんだ」

「どういうことだよ」

「ライナのことだ。ユファスは何て言った」

「例の店の娘……だろ?」

 少年が言うと料理長は嘆息した。

「俺がこの件に関して何か言うのも余計な口出しだとは思うが、精神的な苦痛を抱えたまま仕事に臨まれて、派手な失敗をされても困るからな」

「何のことだよ」

 ティルドが問うと、大柄な料理長は肩をすくめた。

「当人は恋人じゃなかったと言うが、実際そうじゃなかったにしても、仲が続けば近いうちにそうなってたのは間違いない」

「……ユファスと、そのライナとかが?」

そうだ(アレイス)

 ティルドは目をしばたたいて考えるようにした。

「あいつ、そんなこと一言も」

「もう少し兄貴を知れや、坊ず」

 トルスはぽんぽん、とティルドの頭を叩いた。

「あの馬鹿は、にっこり笑ってひとりで抱え込んでそれでどうにかなると思ってる。たいていはどうにかしちまうみたいだけどな、口に出した方が楽になることもある。肉親にくらい弱音吐いたっていいってもんだ。甘っちょろい顔して強情を張りやがる」

 トルスは彼の部下を罵ったが、それがどうやら親愛の情であるのはティルドにも判った。

「俺、何て言った?」

「何?」

「苛めるなって言ったろ、あんた。俺、ユファスに何言った?」

 彼は自身の台詞を忘れてしまった訳ではなく、何気ない言葉が兄にどんな影響をもたらしたのかを尋ねた。理解したトルスはまた嘆息して言う。

「お前さんの言葉を言い換えれば、ユファスは恋人になりそうだった娘と語り合った話をきれいに忘れてたってことだ。そりゃ、交わした話を一語一句覚えてなきゃならんってことはない。だがいまの奴には、ちょっとばかりきつかろうよ」

 ティルドは沈黙した。

 彼は、火が嫌いだ。母を殺した炎の記憶は、いまでも痛い。一方で兄は火を扱う仕事をしている。正直、凄いと思う。ティルドも火を怖がるというのではないが、毎日それに触れるというのは、考えただけで気分の悪い話だった。

 兄は火への嫌悪を乗り越えたのだろう。そう思っていた。

 だが、トルスの言葉を聞けば、それは乗り越えたと言うよりも耐え忍んでいるとでも言うようで――。

 ティルドは首を振った。

 兄が乗り越えたのだとしても耐えているのだとしても、そこでまた彼の大切な――大切になりそうだった――人を火が奪っていったのなら、それはずいぶんと酷い話だ。

 そんなふうに何も言わずにただ堪える、兄は前からそんな性格だったろうかと考えてみたティルドは、判らない、と思う自分に気づいた。

 五年前のティルドはまだ成年前。彼らを一応世話していた親戚は彼らに興味がなかったから、年の離れた兄がティルドの保護者同然だった。すぐに軍に入って弟を養おうとし、負傷をして軍とエディスンを離れた。そして時折、交わしてきた手紙。そこにはいつも、よいことしか書かれていなかった。

 自分は兄のことをほとんど知らないのかもしれない、とティルドはふと思った。

「お前さんが何を知りたくて火事の話を聞いてるのか知らないが、兄貴もそれで見えない火傷を負ってるってことだけ覚えとけよ」

 そんなふうに言うとトルスはまたティルドの頭を叩いた。子供扱いは気に入らない。ティルドがそれを避けるようにすると、トルスは笑った。

「今日もここで飯を食ってくか?」

「いいのか?」

「もちろん。調理人の弟なら何の問題もない。それにもし職を探す気になったら、考えてやってもいい」

「……この厨房に?」

「何だ、不満か?」

 料理長は片眉を上げた。ティルドはふるふると首を振る。

「やる気さえあればいつでも歓迎だ。ただし、逃げ出されるのはご免だぞ」

 トルスは顔をしかめた。

「新人を鍛えるのは一仕事でな。ようやくものになるかと思えば根性が続かなかったり、故郷に帰っちまったり、怪我をしたり、ああ、なかには魔術師(リート)になったからもうこられないなんて戯けたことを言ったガキもいたな」

 それはおそらくエイルのことであるのだろう。気づいたティルドは笑った。

「まあ、エディスンの兵士をやってるとかいう話だったな? それならそれも悪くない。自分の務めをきっちり果たすといい」

 そんなふうに言ってトルス料理長は彼に背を向けた。

「務め、ね」

 ティルドは小さく繰り返して息を吐いた。

 「きっちり果たす」ことは、できるのだろうか?

(最悪、逃げりゃいいけど)

 彼は考えた。

(まだもうちょい、粘ってもいいかな)

 どうにかなるだろう――と彼はまだ前向き、それとも楽観的に考えていた。


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