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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第2話 決意 第1章

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11 素敵な仕事になりそうだ

「まあいいさ。俺の話なんかしたって仕方ないし、お前は〈風読みの冠〉とかを見つけなきゃならないんだろ。なら協会に行って、まずは調べものだ。言っとくが、剣を振り回すより疲れるもんだぞ、当てもなく文字を読み続けるのはな」

 魔術師協会(リート・ディル)と言うものにティルドが足を踏み入れたのは、レギスの街が初めてだった。

 多くの街と同じように、彼の故郷エディスンにも当然ながら協会はあった。だがやはり多くの街と同じように、そこはあまり気軽に訪れる場所ではないのだ。

 魔術というものに対して、たいていの人々は怖れを抱く。

 それは理解し得ぬものへの恐怖であり、嫌悪であった。

 魔術師というのは「何を考えているのかさっぱり判らない」人種であり、「近づかずに済むならそれに越したことはない」相手だ。

 黒いローブを身にまとい、怪しげな術で善良な人間を惑わす。それが、「魔術師」という存在に対する一般的な印象であった。

 もちろんそれは偏見であって、たいていの術師は自らの魔術と学問を高めるべく努力する、ごく普通の街びとと変わらない。実際に魔術師をひとりでも知り合いに持てば、近所の老人ほど偏屈でも陰気でもないことが判るだろう。

 だが、彼らがあまり他者と交わりたがらぬことも事実で、遠巻きにされ、煙たく思われることを歓迎する傾向がある。

 こうして魔術師とそうでない人々の間には壁ができる。

 ティルドもまた、ほとんどの人間がそうであるように、どちらかというと偏見の持ち主だった。しかしこうしてエイルと話をしていると、そう言った印象は覆されていく。いや、正確に言えば、簡単にそれが覆ることはなく――本当にこの男は魔術師なのだろうかと疑問に思う、という形だったが。

 とは言え、協会の内部に入るならこれが要る、と言って嫌そうにローブをまとった姿を見れば、成程、彼は魔術師然とした。

「重苦しくて好きじゃないんだよな」

 青年は魔術師の正装をそのように切り捨てたが、意外に似合っているようにティルドには思えた。

「エイル術師。久しぶりですね」

「別に用事がないんでね。今日はちょっと、書物をめくらせてもらいにきたけどさ。これは連れ。いいよな?」

「こちらにご署名を」

 受付らしきところに座っている魔術師が言ったのは、ティルドに対してのようだ。少年は、この薄暗い「魔術的」な空間に慣れているふりをして――実際には、レギスで二度訪れただけだったが――臆することなく進み、それに記帳する。

「調べものですか?」

「ああ、まあね。念のために訊くけど、〈風読みの冠〉なんて知らないよな?」

「寡聞にして存じません」

「だろうね」

 エイルはそう言うと、署名を終えたティルドを促した。

「ま、正直なとこ」

 案内された扉の向こうは、入ってきた場所に比べると魔術灯が煌々としており、ティルドは一(リア)目がちかちかした。

「何か判るとは思ってないよ。俺はだいぶ忍耐が身に付いたけど、お前は飽きるんじゃないかとも思う」

「馬鹿にすんな」

 ティルドはまた言い、エイルもまた肩をすくめる。

「頑張るってんならかまわないさ。やってみないと判らないこともあるからな。それに」

 エイルはにやりとした。

「旅の間には協会が役に立つことがあるかもしれない。苦手意識を克服しとくのは、悪くないかもな」

「そりゃ、ご親切に、どうも」

 ティルドはどう言っていいか判らず、そんな返答をした。魔術や魔術師が得意ではない――言ってしまえば苦手――だと見抜かれたと感じ、気まずく思ったのだ。

 協会内の図書室は、ティルドがこれまで見たこともないほど大きかった。

 実際には、彼は図書室という類の場所に足を踏み入れたこともなかったのだが、王城の資料室のようなものをちらりと見たことはある。そこにも大量の冊子があったが、その比ではなかった。広さだけで言っても、エディスン王城の大広間くらいあるのではないだろうか。

 なおエイルに言わせれば、どこの街の協会でもこの程度の大きさはあり、たいていの王宮の書物庫よりも広いんじゃないか、とのことだった。

「どっから行くかな。まあ、素直に〈風読みの冠〉だろうなあ」

 そんなことを言いながらエイルは書棚の間を歩く。ティルドは、高い天井の上までぴったり届く棚々に少し呆れながらも続いた。

「か、か……風、風読み、と。風読みだけで分厚いのが五冊あるぞ。素敵な仕事になりそうだ」

「何だよ」

 嘆息するエイルに、ティルドはむっとして言った。

「無理に調べてくれなくたって」

「別に無理はしてない。協力は素直に受け取っとけよ、ほら」

 青年が不思議な仕草をして、何か引き寄せるようにすると、少年の上に本が降ってきた。ティルドは慌ててそれを受け止める。

「――本当に、魔術師なんだな」

「何を今更」

 エイルは言ったが、少し嫌そうであった。

「普段は、こういうのは滅多にやらない。術のために集中して頭を痛くするくらいなら何歩か歩いて手を伸ばした方が早いし、楽だ。ただ、協会内は魔法を使うのに便利なようにできててね。俺みたいな力が弱いやつでも、簡単に術が使えるんだ」

 その説明はティルドにはぴんとこなかったが、まあそういうものなのだろうと納得をしておくことにした。

「さて、はじめるか。飽きたら出てっていいぞ」

「俺の任務だぜ、飽きたりしねえよ」

 そう啖呵を切った自身を少年が悔やむのは、半刻も経たぬうちであったが。


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