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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第2話 決意 第1章

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09 信頼してなんか

 ばん、と卓が叩かれた。

「何よっ」

 少女の声は不満でいっぱいである。

「てっきり、お兄さんと一緒にお食事できると思ったのに」

「あのな」

 少年は顔をしかめた。

「食事刻にいちばん忙しい職種だぜ」

 エイルに勧められて兄の料理――と言っても、多人数の食事を一度に用意しなければならない城の厨房では、ユファスが関わるのは皿のごく一部と言うことになろうが――を食してきたティルドは、非常によいただ飯を食えたと満足しながら、アーレイド城をあとにしていた。ユファスの忙しさはそれからが本番であったし、許可証とやらはもらったのだから、また明日にでも話にくればいい。そう思って兄には特に声もかけないまま、彼は城下の、アーリと約束した店に戻ってきたのである。

「そうねえ、料理人(テイリー)だもんねえ」

 アーリは仕方なさそうに言った。

「兄貴もお前には会ってみたがってるし、明日の夜にでも一杯やるか?」

「あらすてき」

 言うと、少女は不意に笑った。

「何だよ」

「『お兄さんに会いたい』『兄貴が会いたがってる』、まるで新たなる出会いの好機って感じだけど」

「ガルはどうしたんだよ」

「それとこれは別よ」

 少女はひらひらと手を振った。

「笑ったのはね、ティルドがまるで『家族に紹介する』って言ってるみたいだから」

「ばっ」

 ティルドは少し顔を赤くした。

「馬鹿言ってんじゃねえよっ」

 アーリの言い方は、「結婚の許可を得るために相手を肉親に紹介する」という意味合いの台詞であり、ティルドが赤くなったのは照れのためというより、考えもしていないことを言われて驚いたからだったが、一見したところでは照れたように見えた。「やあねえ、冗談に決まってるじゃない」

 少女はまた笑う。

「冗談にしても性質(たち)が悪いってもんだ。俺は、間違ってもお前なんかとは」

なんか(・・・)!? それは失礼ってものだわ、ティルドっ」

 アーリこそティルド「なんか」眼中にないという態度を取ることが常であるが、かといってこちらがそうだと言えば文句を言う。アーリに言わせれば「女心は複雑」とのことだが、ティルドにしてみれば「ただの自分勝手」である。

「でも」

 少女は声の調子を変えた。ティルドは首をかしげる。これまでの経験から行くと、このまま口喧嘩に突入しそうなものであったが。

「何だか、おかしくない?」

 アーリは、酒杯をもてあそびながら言った。

「何がだよ」

「その魔術師、よ」

 どうやら話題が戻ったらしい。ティルドは曖昧にうなずいた。

「初対面の、知らない人なんでしょ? 何で協力なんかしてくれるの?」

「兄貴の友人だからだと」

「それだけ? だって、魔術師でしょ? 本当は冠に何か力があって、それを狙ってたりするんじゃないの?」

 アーリの言葉にティルドは肩をすくめた。「冠を狙っているかもしれない」とはユファスがアーリに対して言った言葉だったが、それには触れないでおいた。

「そう言うふうには見えなかったけどな」

「甘いわ、ティルド」

 アーリは指を一本立てると、ちっちっと振った。

「悪い人が悪く見えるとは限らないのよ」

「ご忠告をどうも」

 ティルドは杯を掲げた。

「心に刻みつけておくよ。たとえば」

 彼はじろじろとアーリを見る。

「世の中には、害のなさそうな顔をして、手癖の悪い女盗賊とかがいるってな」

「あら」

 アーリは目を見開いた。

「女盗賊。素敵」

 にっこりと嬉しそうに言われれば、ティルドは肩を落とす。

「俺に言わせればな」

 彼は少女を睨んだ。

「あのエイルが信用できるかどうか以前に、俺はお前を全面的に信頼してなんか、いないんだからな」

「かまわないわよ」

 アーリはあっさりと言った。

「仕事柄、疑われるのには慣れてるもの。信頼してるなんて言われたら、むしろティルド、あたしはあなたを疑うわ」

 あなたの頭をね――などとアーリは言った。

「あのな」

 ティルドは、同意されたのに腹が立つのは何でだろう、と思いながら言った。

「どうしてお前は」

「何よ」

 アーリはじとっとティルドを見る。

「どうして……」

 ティルドは半端なところで言葉を止めると、首を振った。

「言いかけたことは最後まできちんと言う!」

 少女は、ぱん、と手を叩いて言った。まるで教師か――母親のようだ。

「何を言おうとしたのか忘れたんだよ!」

 少年は叫ぶように返した。

「忘れた?……ティルド、頭大丈夫?」

「うるせえ」

 正確に言えば、「忘れた」というより「判らなくなった」だ。口を開いたときには言うべきことがあったように思ったが、それは霞のようにティルドの手をすり抜けてしまった。

「俺が言おうとしたのは」

「したのは?」

 首を傾げて興味深そうに問い返されれば、「判らない」とは言えない。

「何でもねえよ」

 はっきりしないわね、と言われても反論しようのない言葉を投げられ、少年は唸った。

 本当に、判らなかった。何となくもやもやした。「ティルドに信じられていなくてもかまわない」と言われたことが気に入らないのだとは思い至らなかった。

 思いついたところで、「自分だってアーリを信じていないのに」と困惑をしただろうが。

「とにかく、明日の朝イチで俺は魔術師協会へ行くことになったんだが」

 ごまかすように咳払いをしてティルドは言った。

「お前の方はどうなんだ。何か判ったのか」

「何かってぇ?」

 アーリは語尾を伸ばすようにして言った。ティルドは少女をまた睨みつける。

 一緒に過ごすうち、彼女の癖が判ってきた。いまみたいな話し方をするとき、アーリは何かを隠している。嘘をついているつもりがなくても、何かごまかしたいと思っているときに出る癖だ。

 だがまだ修行の足りない彼は、彼女が何か掴んだことをごまかしているのか何も掴んでいないことをごまかしているのかが判らない。これはどうにも、役に立たない眼力だった。


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