06 くれぐれも誤解はするなよ
「ところで……ユファス」
ティルドはふと思い出すと声を出した。
「お前、部屋って城んなかにあんの?」
「まあね。でもエディスンの兵士とそう変わる待遇じゃないよ」
「んじゃ、相部屋か」
弟がかっかりしたようだったので、その理由に思い当たったユファスはつけ加える。
「少しの間なら、簡易寝台を入れれば寝れないことはないんじゃないかな。相部屋の相手も弟だと言えば承知してくれると思う」
「いやその」
ティルドは咳払いをした。
「ひとり、連れがいてさ」
「――女の子か?」
微妙な間にユファスはぴんときたが、ティルドは慌てて両手を振る。
「いやっ、違うっ。いや、そうなんだけど、冗談にもそういう関係じゃないからな!」
「僕は何も言ってないけど」
ユファスは面白そうににやりとした。
「五年会わなきゃ立派に大人だもんなあ、弟よ」
「それは否定する気ないけどな」
ティルドは顔をしかめた。
「相手は選ばせてくれ」
アーリが聞けば「何よっ」と抗議の声をあげそうなことを言い、ティルドはますます兄の興味を引くことになる。
「どんな子だ? 紹介しろよ」
兄が笑って言うのはもちろん、弟の恋人――では、断じて、ない――を狙うつもりでなく、からかいの気持ちと、親心めいたものからである。
「誤解するなよ。俺には……」
言いかけてティルドは口ごもった。ますます、ユファスは面白そうな顔をする。
「『俺には』?」
「……スタイレン伯爵に、リーケルって令嬢がいるの、覚えてるか」
「いいや? あまり記憶にないな」
ユファスは首を振った。ティルドは咳払いをする。
「俺、ちょっと知り合ってさ。彼女の茶席に招待されたり、するんだぜ」
「おい、まさか伯爵令嬢と恋仲か!?」
ティルドは自慢するようにあごをそらして見せたが――兄の賞賛が本格的になる前に本当のことを言った。
「ま、一兵士とお姫様ってよりは仲がいいってくらいだ。向こうが、平民に興味があるって程度」
口にすると少し寂しいが、実際こんなところだろう。
「上手くこの任を終えてエディスンに戻れば近衛兵になれるから、もう少し近づけるかもしれないけど」
「近衛兵!」
やはりユファスは感心したように言った。
「僕の弟が、伯爵家の姫君と仲良しで、しかも近衛兵になるだって? 驚いたな、あの泣いてばかりいたティルドがねえ」
「その言い方は卑怯だぞ」
ティルドはむっとして言った。
「ガキの頃のことを持ち出すのは――」
「悪かった悪かった」
ユファスは笑う。
「それじゃ、協力しなくちゃな。無事に〈風読みの冠〉を手に入れてお前がエディスンに戻れるように」
兄は言い、弟は小さく感謝の仕草をした。
「じゃあ、一緒にきてるって娘は」
「だからそういうんじゃねえよ」
ティルドはまた否定した。
「さっきちらっと言った〈風聞きの耳飾り〉を探してる子なんだ。アーリって」
彼は少し躊躇ってから声を潜めて続けた。
「盗賊」
ユファスは酒を吹き出すところだった。
「お前……」
「俺は何も、法を犯すような真似はしてないっ」
兄の視線が心配に満ちたものになったのを見て、ティルドは叫ぶように言った。
「そりゃもちろん、判ってるが……」
お前が五年の間に著しく変わってなければな、とユファス。
「その子は耳飾りのついでに冠も狙っていたりはしないんだろうな」
「しない」
ティルドは誓うように片手をあげた。
「と、思う」
手を下ろして付け加える。ユファスは弟をじっと見た。
「まあ、僕の口出しすることじゃないけれど」
「くれぐれも誤解はするなよ」
「恋人かどうかって話じゃないさ。お前の任務だよ、ティルド。陛下に剣を捧げ、エディスンの兵である以上は、お前はその命に従わなくちゃならない。冠がどんなものかは僕も知らないけれど、けっこうな細工物なんじゃないか?」
「紫水晶に蓮華の飾りがついてるって」
「値打ちものって訳だ。盗賊なら、獲物と思うかもしれない」
「レギスにいたハレサっておっさんなら判らないけど、アーリはそんなふうに思わない」
と、思う、と彼はまた付け加えた。
「任務のことは、判ってるよ。投げ出すつもりなら兄貴にこんな話はしないで、ただ、職を探しにきたとでも言うさ。正直、どうしようもなくなれば逃げ出すことも考えるけど、いまはまだ……何つうのかな」
「模索する余地がある、ってところか」
「そんな感じかな」
「判った」
ユファスはうなずいた。
「そのアーリって娘のことはお前の判断すべきことだ。僕は口を出さない。けれど協力はするよ。火事のこと、調べよう。それから魔術のことも」
「どうやって? 火事のことはともかく、魔術なんて……魔術師協会か?」
ティルドが嫌そうに言うと、ユファスは首を横に振った。
「僕が協会について行ったところで、お前がひとりで行くのと何か差があるとは思えないな」
「それなら、何」
「城にくる魔術師がひとりいるから、相談に乗ってもらおう」
「宮廷魔術師と知り合いなのか!?」
ティルドは驚いて言った。彼は任務を与えられたことでローデンと話をしたが、そうでもなければ宮廷魔術師など――たとえ公爵でも、王の友人でもなくとも――全く縁がなかったはずだ。兵士よりも料理人が宮廷魔術師に近いとも思えない。
「宮廷魔術師なんてもんじゃないよ。たまに、城にくるだけ。忙しいと厨房も手伝ってくれる」
「……魔術師が?」
「本人はそう呼ばれるのが嫌いなんだ」
ユファスは肩をすくめてそう言うと、窓の外を見た。
「さて、僕はそろそろ城に戻らないといけない。一緒にこいよ。僕たちが使う通用門を教えておく。時間があるなら厨房までくれば、料理長に紹介するよ。許可証に彼の署名をもらえば、僕と一緒じゃなくても城に入れるようになるからね」




