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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第2話 決意 第1章

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06 くれぐれも誤解はするなよ

「ところで……ユファス」

 ティルドはふと思い出すと声を出した。

「お前、部屋って城んなかにあんの?」

「まあね。でもエディスンの兵士とそう変わる待遇じゃないよ」

「んじゃ、相部屋か」

 弟がかっかりしたようだったので、その理由に思い当たったユファスはつけ加える。

「少しの間なら、簡易寝台を入れれば寝れないことはないんじゃないかな。相部屋の相手も弟だと言えば承知してくれると思う」

「いやその」

 ティルドは咳払いをした。

「ひとり、連れがいてさ」

「――女の子か?」

 微妙な間にユファスはぴんときたが、ティルドは慌てて両手を振る。

「いやっ、違うっ。いや、そうなんだけど、冗談にもそういう関係じゃないからな!」

「僕は何も言ってないけど」

 ユファスは面白そうににやりとした。

「五年会わなきゃ立派に大人だもんなあ、弟よ」

「それは否定する気ないけどな」

 ティルドは顔をしかめた。

「相手は選ばせてくれ」

 アーリが聞けば「何よっ」と抗議の声をあげそうなことを言い、ティルドはますます兄の興味を引くことになる。

「どんな子だ? 紹介しろよ」

 兄が笑って言うのはもちろん、弟の恋人――では、断じて、ない――を狙うつもりでなく、からかいの気持ちと、親心めいたものからである。

「誤解するなよ。俺には……」

 言いかけてティルドは口ごもった。ますます、ユファスは面白そうな顔をする。

「『俺には』?」

「……スタイレン伯爵に、リーケルって令嬢がいるの、覚えてるか」

「いいや? あまり記憶にないな」

 ユファスは首を振った。ティルドは咳払いをする。

「俺、ちょっと知り合ってさ。彼女の茶席に招待されたり、するんだぜ」

「おい、まさか伯爵令嬢と恋仲か!?」

 ティルドは自慢するようにあごをそらして見せたが――兄の賞賛が本格的になる前に本当のことを言った。

「ま、一兵士とお姫様ってよりは仲がいいってくらいだ。向こうが、平民に興味があるって程度」

 口にすると少し寂しいが、実際こんなところだろう。

「上手くこの任を終えてエディスンに戻れば近衛兵(コレキア)になれるから、もう少し近づけるかもしれないけど」

「近衛兵!」

 やはりユファスは感心したように言った。

「僕の弟が、伯爵家の姫君と仲良しで、しかも近衛兵になるだって? 驚いたな、あの泣いてばかりいたティルドがねえ」

「その言い方は卑怯だぞ」

 ティルドはむっとして言った。

「ガキの頃のことを持ち出すのは――」

「悪かった悪かった」

 ユファスは笑う。

「それじゃ、協力しなくちゃな。無事に〈風読みの冠〉を手に入れてお前がエディスンに戻れるように」

 兄は言い、弟は小さく感謝の仕草をした。

「じゃあ、一緒にきてるって娘は」

「だからそういうんじゃねえよ」

 ティルドはまた否定した。

「さっきちらっと言った〈風聞きの耳飾り〉を探してる子なんだ。アーリって」

 彼は少し躊躇ってから声を潜めて続けた。

盗賊(ガーラ)

 ユファスは酒を吹き出すところだった。

「お前……」

「俺は何も、法を犯すような真似はしてないっ」

 兄の視線が心配に満ちたものになったのを見て、ティルドは叫ぶように言った。

「そりゃもちろん、判ってるが……」

 お前が五年の間に著しく変わってなければな、とユファス。

「その子は耳飾りのついでに冠も狙っていたりはしないんだろうな」

「しない」

 ティルドは誓うように片手をあげた。

「と、思う」

 手を下ろして付け加える。ユファスは弟をじっと見た。

「まあ、僕の口出しすることじゃないけれど」

「くれぐれも誤解はするなよ」

「恋人かどうかって話じゃないさ。お前の任務だよ、ティルド。陛下に剣を捧げ、エディスンの兵である以上は、お前はその命に従わなくちゃならない。冠がどんなものかは僕も知らないけれど、けっこうな細工物なんじゃないか?」

紫水晶(フォールカ)蓮華(リエス)の飾りがついてるって」

「値打ちものって訳だ。盗賊なら、獲物と思うかもしれない」

「レギスにいたハレサっておっさんなら判らないけど、アーリはそんなふうに思わない」

 と、思う、と彼はまた付け加えた。

「任務のことは、判ってるよ。投げ出すつもりなら兄貴にこんな話はしないで、ただ、職を探しにきたとでも言うさ。正直、どうしようもなくなれば逃げ出すことも考えるけど、いまはまだ……何つうのかな」

「模索する余地がある、ってところか」

「そんな感じかな」

「判った」

 ユファスはうなずいた。

「そのアーリって娘のことはお前の判断すべきことだ。僕は口を出さない。けれど協力はするよ。火事のこと、調べよう。それから魔術のことも」

「どうやって? 火事のことはともかく、魔術なんて……魔術師協会(リート・ディル)か?」

 ティルドが嫌そうに言うと、ユファスは首を横に振った。

「僕が協会について行ったところで、お前がひとりで行くのと何か差があるとは思えないな」

「それなら、何」

「城にくる魔術師(リート)がひとりいるから、相談に乗ってもらおう」

「宮廷魔術師と知り合いなのか!?」

 ティルドは驚いて言った。彼は任務を与えられたことでローデンと話をしたが、そうでもなければ宮廷魔術師など――たとえ公爵でも、王の友人でもなくとも――全く縁がなかったはずだ。兵士よりも料理人が宮廷魔術師に近いとも思えない。

「宮廷魔術師なんてもんじゃないよ。たまに、城にくるだけ。忙しいと厨房も手伝ってくれる」

「……魔術師が?」

「本人はそう呼ばれるのが嫌いなんだ」

 ユファスは肩をすくめてそう言うと、窓の外を見た。

「さて、僕はそろそろ城に戻らないといけない。一緒にこいよ。僕たちが使う通用門を教えておく。時間があるなら厨房までくれば、料理長に紹介するよ。許可証に彼の署名をもらえば、僕と一緒じゃなくても城に入れるようになるからね」


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