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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第2話 決意 第1章

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05 僕は運がいい

 〈檜〉亭は、アーレイド城にほど近い位置にあるありふれた酒場である。

 城に近いと言うことは、使用人や兵士たちも訪れやすいと言うことで、彼らを得意客とする店主は公正な価格で良質な料理を提供する達人だった。ユファスの働く厨房の料理長トルスも、その日に得た食材で飽きのこない、栄養の偏らない、なおかつ美味い皿を作り上げることには天才的だったが、それに張れるとしたらここの店主くらいだろうと青年は思っていた。

「〈風読みの冠〉?」

 ライファム酒の杯を片手にしながら、ユファスは繰り返した。

「そうか、今年は──〈風神祭(イルセンデル)〉の年か」

「忘れてたのか?」

 ティルドは驚いたように言ったが、街を離れて五年も経てば、何年後に大祭がやってくるかなど気にもとめなくなっても道理だ。ユファスはそう言い、ティルドも納得してうなずいた。

「とにかく、俺がそれを受け取りに行くことになった」

「どうして」

「知らないよ、お星様の決めたことだとさ」

 兄のもっともな疑問は、いまだに彼のなかでもやはりもっともな疑問である。

「宮廷魔術師様の星占か?」

そうさ(アレイス)

「なら」

 ユファスが今度は驚いたように言った。

「何でお前はこんなところにいるんだよ? 冠がアーレイドにある訳じゃないだろうが」

「……多分、な」

 そう言って彼は、起きたことを説明した。

 何も隠すことなどないから、全てを正直に話そうとした。冠の行く先が知れないことはもちろん、ローデンが西へ行けと言ったことも。西にいる近しい存在が助け手となるだろうと言われたことも。

「まさかそれが僕だとか言うんじゃないだろうな?」

「違うってのか?」

「知らないよ、判らない。僕はそんな、魔術なんて」

 言いながら兄は首を振った。そうだろうな、と弟も言う。ここでまさか、兄が宮廷魔術師にもなし得ない――それとも、してくれる気がない――目の覚めるような助言をくれるとは、思っていない。

「もしかして、〈風聞きの耳飾り〉のことも知らないよな?」

 兄が知っているはずもないと思いながらティルドは問うた。答えは彼の予想通りで、ユファスはまた首を横に振る。

「冠と何か関係があるのか?」

「判らない。ありそうにも、思う。ローデン様は正解を知ってるはずなのに、ケチって教えてくれなかった」

 もちろん宮廷魔術師は「ケチって」いたのではなかったが、ティルドにしてみればそのようなものである。

「僕が何か知っていればその『助け手』とかになれるんだけど、この五年で上がったのは調理技術だけでね。魔術めいたことなんかには──」

「当たり前だよな」

 弟はみなまで言わせずにうなずいた。

「知ってたらむしろ、俺はものすごく驚く」

 だろうね、と兄も言った。

「しかし、ティルド。どうしてあの場所にきたんだ?」

「あの場所?」

「火事のあった食事処さ」

「ああ、それは」

 ティルドは言いにくそうにした。ユファスは促す。 

「さっきは俺、冠はポージル邸から盗まれたとしか……言わなかったけど」

「魔術師が持って逃げた――消えた、以外にもっと嫌な話があるのか?」

 少し茶化すように言う兄にティルドはうなずく。

「火事が、あった」

「何だって」

 ユファスは眉をひそめた。ティルドは少しうつむいて続ける。

「夜中に火が、出たんだ。誰も逃げられなくて、そのまま」

「――その魔術師の仕業、か?」

「たぶんね」

 全く無関係ってこたあないだろうよ、とティルド。

「それで、〈燕の森〉亭の焼け跡を見にきた、のか」

 弟は無言でうなずいた。

「だが、まさか関係は……ないだろう」

 ユファスは考えるようにしてから言った。

「誰も逃げられないほどの勢いの火が、隣家に何の影響も与えなくても?」

 沈黙が降りた。

「判らない。あまり噂は聞いていない。それに、魔術なんて話が出てくれば誰も噂しなくなる」

「そうだろうな」

 ティルドは同意した。

「俺も判らないよ。レギスの街でできる限り調べてみたけど、ろくなことは判らなかった」

「どうしてローデン様はお前にその任を続けさせようとするんだろう」

 ふとユファスは言った。

軍兵(セレキア)の仕事とは思えない」

「星巡りが全てさ、魔術師閣下にとっちゃ」

 ティルドはついでに、すっかり言い慣れた呪いの言葉を立て続けに吐き出す。

「魔術師の領分、か」

 ユファスは天を仰いだ。

「協会には?」

「レギスで行った。ローデン様と連絡を取ろうとしたら、ふんだくられた」

 むっつりとティルドが言うと兄は笑った。

(ラル)なら多少は援助できるよ。給金を使う時間がないから貯まる一方なのさ」

「待遇は、いいのか?」

 自分の話ばかりしていたことに気づいた弟はそう問うた。

「うん、いいんじゃないかな。二度も城仕えができるなんて僕は運がいい」

「……何言ってんだよ」

 もともとムール兄弟には楽観的なところがあるが、それにしてもユファスがエディスン王カトライへの奉公を解かれたのは大きな負傷のせいである。この兄は、生きていられるだけ運がいいと言うのだろうか、とティルドは思った。確かにそれも真理のひとつではあったかもしれないが。

「怪我は。いいのかよ」

「そうだね、数月に一度、先生に診てもらえばいいくらいになった」

 兄が平然と言うのでティルドは愕然とした。てっきり――もうすっかりいい、という答えが返ってくるものと思っていたのに、まだ医者通いをしているのか。

 弟の顔色がすっと白くなったのを見て、兄は慌てたように続けた。

「ああ、診てもらうって言っても、まだ痛むとかじゃないんだぜ。ただ、放っておくと固くなっちまうんで、先生に揉みほぐしてもらったり、鍼を打ったりしてもらう」

「針!?」

「痛いもんじゃないよ」

 ユファスは苦笑して言った。

「正直に言えばはじめは仰天したけど、すぐ慣れた」

 ただ、通うのをさぼると明らかに影響があるんだよね――などとユファスはのんびり言った。

「でも本当のところを言えば、料理人でいるのならば治療に通わなくても差し障りはない。もしかしたら僕は、兵士として陛下に仕えることは無理でも、誰かに剣を捧げるくらいことはできるとか、まだ思ってるのかな」

「兄貴」

 ティルドは戸惑った。兄が怪我について語るのはもとより、剣に未練を持っているようなことを言ったのは初めてだった。ユファスがこう考えるようになったのはせいぜいここ数年のことであるし、そもそも兄は弟に心配をかけまいとしてきたから、ティルドがユファスの心を知らぬは当然のことと言えたが。

「まあ、でも仕事に不満がある訳じゃないよ。職場としちゃかなり恵まれた部類だし、料理長は怖い顔してるけどいい人だしね」

「そりゃ重要だよな」

 ティルドはうなずいた。直接の上役がどうにも虫が好かなければ、いかに好待遇でも厳しいことだってあるだろう。ティルドは彼の小隊隊長レーンのことがけっこう好きであったから問題なく――と考えて、はたとなった。もしや、ティルドのいまの直接の上官は、ローデンになるのだったか?」

(あんまり楽しい上官じゃないな)

 少年はそっと嘆息した。


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