04 再会
アーレイドの街は、ビナレス地方の西端にある。
決して力が強いとは言えない街であったが、豊かさにおいては群を抜いた。
温暖な気候に湾の奥地という好条件、善政を敷くマザド・アーレイド三世のもと、人々は平和に暮らしている。
二年ほど前に王女シュアラの婚礼相手が決まってからと言うもの、アーレイドの未来に不安材料はなく、人々は王家を祝福し、自身の生活を送った。
だが――。
街に暮らす者がみな平和で幸福に満ち足りていると言うことには、残念ながらならない。
じっとその場にひざまずいていた彼は、ようやく立ち上がった。
黒く焼け焦げた食事処の残骸の前で、橙色の花束は気味が悪いほど鮮やかに映えた。
〈燕の森〉亭が焼け落ちてから数日が経っても、まだ嫌な臭いは残っていた。
町憲兵隊の調査――聞くところによると魔術師協会の調査も入ったと言う――もひと通り終わって、明日になれば、わずかな金のために汚れ仕事を引き受ける者たちががらくたの撤去にかかるだろう。
もう、ここには何もない。
賑やかな夕べも、笑顔のあの娘も。
ユファスは嘆息した。
給仕娘のライナとは、決して恋人同士だというのではなかったが、ひと月後にはそうなっていたかもしれない。
だが、炎の神はそのような優しい夢を容赦なく焼き尽くし、彼の心に空白を残した。
しかし彼がため息をつくのは、この痛みもやがて癒えるだろうと思ってしまうこと。
大切な人が突然、失われる。
そんな衝撃は人生で一度あれば充分だと思っていた。
彼女は「大切な人になるかもしれなかった」段階ではあったけれど、少なくとも友人だ。胸は痛む。
だがそれでも、いずれ痛みはなくなるだろうとどこか冷静に考えている自分が嫌だった。泣き喚きでもすれば、却ってすっきりできただろうか。判らない。
いまはただ呆然としているのだろう、と思う。同時に、そう判断できること自体、彼女の死に対して自分は冷静なのだと思え――嫌だった。
「――ちょっと、そこの人」
不意にかけられた声に彼は振り返った。
「あの、さ。その……訊いてもいいかな」
そこにいるのは剣を佩いたひとりの少年で、声をかけておきながらも戸惑っているように見えた。何を訊きたいのだとしても、明らかに火事の現場で花を捧げている人間――つまり、明らかに、ここで出た死者への追悼をしている人間に声をかけてしまったことを済まなく思っているようだった。
「訊くって、何を――」
尋ね返しながらユファスは、奇妙なものを覚えた。
――彼はこの声を知っている。
「えっと、その、さ」
「……ティルド?」
「はっ?」
ティルド・ムールは目をしばたたいた。
「お前、ティルドだよな?」
「――ユファス!?」
少年は口をあんぐりと開けた。
「どうしてここに」
質のよく似た声は同時に発せられ、彼らは互いに苦笑を浮かべた。そうすると、見知らぬものが見ても彼らはよく似ていて、血縁関係にあることは疑い得ない。
「どうしてって……それは僕の台詞だよ。まさかお前がアーレイドにくるなんて」
五年の月日は、特に成長期にあるティルドの印象を大きく変えていたけれど、ユファスはすぐに気づいた。一瞬理解しきれなかったのは、弟は遠いエディスンの地にいると思っていたせいだ。
「ああ……そうだよな。その、俺が言うのはさ」
弟はちらりと焼け跡を見た。
「知り合いが、ここにいてね」
どうして「この場所」にいるのか、という問いであったことに兄も気づき、そうとだけ言った。ティルドは曖昧にうなずき、哀悼の仕草をする。ユファスも倣った。
「それにしても驚いた」
ユファスは気分を変えるように明るく言った。
「万一にもお前がくるなら、城に僕を訪ねてくると思ってたからね。こんなところで会うなんて思わないし」
「そうだよな。俺だって、ついここへきちまったけど、兄貴がいるとは思わないよ」
「つい?」
ユファスは問い返し、ティルドは――複雑な顔をした。
「ややこしい話でもあるのか?」
少年の困惑を見て取ったユファスはそんな問い方をした。
「それじゃ、どこかに入ろう。別に何もややこしくなくたって、再会を祝って一杯やるってのは悪い話じゃないだろう?」




