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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第1話 使命 第4章

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04 白詰草

 何と言おうか、とにかく、面白くなかった。

 ティルドは楽観的だった自分を呪いそうになり、呪うならやはりローデンだと思い直した。

 ポージルの商売敵と言われたタニアレス商人が冠を持っていたならば、ティルドでは上手く交渉できなかったとしても、ローデンやエディスン王がもっと権威を持つ使者を送ってくれて、時間はかかっても解決する話だったはずだ。

 だが、タニアレスのもとに〈風読みの冠〉はなかった。

 ティルドはハレサと一緒になって、盗賊の言うところの「表」と「裏」から商人を調べたが、情報屋グラカの言ったことは正しかったらしく、確かにポージル邸から冠と耳飾りは魔術師によって持ち出されていた。そして魔術師は、それをそのままどこへとも知れないところへ持っていった。

 「魔術師が誰かのところへ持っていった」と「魔術師が持っていった」の間には、この場合、天と地よりも深い溝がある。少なくともティルドはそう考えた。

 魔術師のことならば魔術師が何とかしてくれと少年は宮廷魔術師に泣きついた――とは、言いたくなかった――が、ローデンの言葉が非情かつ意味不明なことはエディスンを出る前と変わらない。彼は、畏れ多くもローデン公爵閣下に「勝手にしろ」などと啖呵を切って、それきり連絡をしていなかった。

(だいたい、俺は疑わしくなってきたんだが)

(本当に〈風読みの冠〉なんてものがあるんだろうな!?)

 ティルド少年はそんなことを考えたが、もちろんと言おうか、本気で疑っているのではない。

 ただ、彼は実際にそれを目にしたことがなかったし、ポージルのもとにあるだの、火事で溶けただの、いや、無事だの盗まれたのだの魔術師が持っていったの――とあれこれ言われ、それを「取り戻せ」などと言われても、霞を追っているような気持ちになる。

 最悪、逃げることはできる、と思った。

 エディスンに二度と戻れなくなったとしても、こんな雲を掴むような「探索行」など手に負えないと投げ捨てて、とっとと逃げ出すことは可能だ。追放か死罪だとローデンは脅すが、わざわざ彼を死罪にするために追っ手を差し向けたりするだろうか?

(んなこた、しないだろう)

 少年はやはり楽観的に考えた。

(そうだ、最悪、逃げりゃいい。でもまあ……)

(壁にぶち当たってどうしようもなくなるまでは、進んでみるかな)

 正直なところを言えば、行く当ては特にない。そもそも負けん気の強い少年としては、「逃げる」ことにも抵抗がある。ローデンはそんな少年の心を見抜いていた。

 エディスンを捨てて新しい生活をすると口で言うはたやすいが、エディスンの兵士をやめたら彼は何をしよう? スタラス王か、そうでなくてもどこかほかの王の兵士にでもなる? いや、素性の知れぬ旅人では容易に正規軍には入れまい。戦でもしていれば傭兵も必要になろうが、この辺りで大きな戦乱の影は見えないし、だいたい彼は訓練中の身だ。剣一本で飯を食える戦士(キエス)たちとは違う。

 となると、どこかの売店の使い走りでも? 酒場の給仕? それらが上手くいかなかければ末は――盗賊(ガーラ)

「冗談じゃない」

 下っ端とは言え、エディスンの軍兵(セレキア)というのはれっきとした身分だ。王子殿下などから見たら兵も有象無象の平民と変わらぬだろうし、実際にそう言う意味での身分は平民であったが、その平民たちのなかでは「お城に仕える兵士さん」となればそれなりに尊敬されるのだ。彼はいまのところクビを切られることなく、たとえ星とやらの定めだとしても単独任務までもらって、無事に帰れば近衛兵。そうなれば、平民としては相当の出世である。

 その日暮らしか。

 安定した未来か。

 すれ違った吟遊詩人(フィエテ)のリーンは「若いくせに悟っている」と少年を評したけれど、不安定な暮らしなど両親の死から自身が城仕えをするまでの十年弱でもう充分だ。

(簡単に考えれば、俺は兵士って身分が気にいってるんだ)

(余程のことがない限り、ローデン様の命令に従ってやるさ)

 目的の冠が失われ、魔術師が持って逃げたかもしれないなど、レギスに到着したばかりの少年が聞けば「余程のこと」であったに違いない。

 だが、魔術師協会や盗賊、情報屋といった連中との接触で、少年の神経は図太く育とうとしていた。或いはそれは、〈繰り返される衝撃は人を鈍くする〉という言葉の通り、つまりは麻痺していただけかもしれない。

 ティルドのような若者はたいてい、自分の未来は開けていると思う、少なくとも閉ざされているとは思わないものだ。

 この任務を果たして本当に近衛隊に入れるのならば、若くして大成功と言ってよい。そんな気持ちとリーケル・スタイレン伯爵令嬢の笑顔だけを心の支えにしながら、彼は〈風読みの冠〉を探すしかなかった。

 とは言うものの、全く、当てはない。

 頼みの綱であるはずのローデンも、全く、当てにならない。

 彼がぐちゃぐちゃ思い悩むのをやめてレギスの街を出たのは、もう半月以上は前だろうか。

 城の制服はここぞというときに使うために大事にしまい、ごく普通の少年剣士の格好をして隊商(トラティア)に便乗し、彼が目指したのは西であった。

(西の、近しい助け手、ねえ)

(兄貴がこんな事情の、何の助けになるって?)

 ローデンが示した言葉は、負傷をして兵役を退き、西の街で働いている兄を指すとしか思えなかった。聞いたときは兄がこの件に関係してくるとはとても思えず、いまでもそれは同様だったが、ほかには全く、当てがない。

 もし、最悪、逃げることになるとしても。

 エディスンを離れたいま、迷惑をかけたくはなくとも兄を頼るというのが尋常な手段であるようにも思えた。

 〈風読みの冠〉を探すこと。

 その助け手――何になるかは判らなくても――を探すとして西へ行くこと。

 同時に、この任務を放り出して兄と同じ街で新しい生活をはじめること。

 それらがどれも西の街を指すのなら、少年はそれでいいことにした。

「いい隊商(トラティア)が見つかってよかったわね」

 ひょっこりと現れた姿に、彼は嫌そうな顔をした。

「一度、訊いておかなくちゃならんと思っていたんだが」

「何よ?」

「……どうしてお前がついてきてるんだ、アーリ」

 少女盗賊は肩をすくめた。

「言ったでしょ。ティルドだけじゃ頼りないもの」

「あのなっ」

 馬車に座り込んでいた少年はばん、と床を叩いた。

「俺は任務。最悪、逃亡。ハレサは意地だなんて言ってたけど、街を出て冠……じゃない、耳飾りを追うなんて言い出しゃしなかった。なのに何でお前が」

「だって」

 少女は口を尖らせた。

「あれ、あたしのだもん」

「……はあ?」

 ティルドは口をぽかんと開ける。

「あたしがあの耳飾りをほしいって言ったの。十八の誕生日にね。ハレサは面白がって協力してくれたって訳。でも彼はレギスを離れる気はないし、あたしは追う気満々だから」

「ちょっと待て」

 ティルドは片手を上げた。

「半分は答えになってるが、もう半分はなってないぞ」

「そう?」

 アーリは首を傾げた。

「どこが?」

「どうして耳飾りがお前のものなんだっ」

「だって」

 少女はまた言った。

「ハレサから聞いたでしょ。〈風聞きの耳飾り〉は真珠に白詰草(アイリエル)の意匠がついてるの。なかなかないわよね、白詰草」

「まあ、宝石を飾るんならもう少し派手な花にするかもしんないけど」

「地味で悪かったわね」

 少女は腰に手を当てた。

「白くて小さくて、ものすごく可愛らしいって言いなさいよ」

「……何だよ」

 ティルドは眉をひそめた。

「別に花なんかどうでもいいだろ」

「よくない」

「どうして」

「言わなかった?」

 アーリは、紺色の帽子をかぶり直しながら、何と言うことはないように言った。

「あたしの本名。アイリエルって言うの」

 花を集めよ――。

 そんなローデンの言葉が耳に蘇ったティルドは、宮廷魔術師に向けて盛大なる呪いの文句を吐いた。


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