12 無償の助言など信じぬ
「ヴェルフレスト王子。お前は〈風見の指輪〉の在処を知りたいだろうね」
王子はじっと相手を見た。だが、何も返答はしない。魔女は続けた。
「それとも、お前がほしいのはむしろ〈風読みの冠〉か。それは、風司の長のしるし。生意気なだけで何の魅力も能力もない平民に、それを黙って追わせることへの不安は?」
「何を言い出したのやら、判らんな」
ヴェルフレストは肩をすくめた。
「いや、知っているはずさ、きれいな王子様。お前には風司を継ぐ権利も血筋も力もある。なのに、ローデンが自身の飼い駒をその地位にすげ替えようとするのを黙って見ているつもりか」
「俺は、そのような訳の判らぬ地位などは要らぬ。だいたい、それを継ぐのは兄上だ。そうでなかったとしても、ローデンが望むことなど知るものか。やつが誰かにやりたいなら好きにすればよい」
彼はあっさりと言った。特にごまかそうと言った意図はない。本音だ。
「望みというのならば、お前こそ何を望む、魔女」
そう言ってからヴェルフレストは意地の悪い笑みを見せた。たとえばリーケルの前では決してやらない笑い方だ。
「エディスン第三王子の愛人の地位などでは、あるまいに?」
「私が何を望むかと? 言った通り。私はお前が好きだから、ローデンのような男に利用されては可哀想だと思うのさ」
「俺を好く理由は?『若くてきれい』だからか?」
「充分だろう?」
「その代わりに何を要求されるか、考えたくはないものだな」
皮肉めいた笑いのままで王子は言った。占い師もまた笑う。
「物語師のお伽話でも思い出したか? 魔女の活力の源は、処女の生き血か若者の精気と相場が決まっていると?」
「俺は無償の助言など信じぬよ。俺がローデンに利用されていると? お前が何かローデンに――それとも父上か、エディスンに恨みでもあって、お前こそが俺を利用しようとしているのだと、俺がそう考えぬと思うか?」
「成程、そう考えたのか」
魔女は小さくうなずいた。
「愚かではないね、王子。ますます気に入った。なれば教えよう。このまま、父王の対外的なる命令のままにウェレスを目指すがよい。指輪は必ず、お前の前に現れる」
「は! それはいい」
ヴェルフレストは馬鹿にしたように言った。
「父上の命令に従うか、お前の『助言』に従うか、迷わなくていいという訳だ。だが、俺がそのような戯言を信じると――」
「ヴェルフレスト」
占い師は遮った。
「魔女の予言を信じたくなければ、それもよい。けれど、〈風見の指輪〉はお前のもので、そしてお前の道は私と結びついている」
「それは遠慮しよう」
「お前がどう望んでも」
赤い瞳がじっと彼の蒼い瞳をのぞき込んだ。
「私はお前を助けよう。ヴェルフレスト・ラエル・エディスン」
名を呼ばれた彼は、びくりと身を震わせたことを口惜しく思った。
魔女は、確かに彼の目の前に腰かけていたはずなのに、その名を口にしたのは彼の左横――耳元でであった。
「やっとエディスンを出たね」
「何だと」
「判っているよ、私がエディスンには近づかぬと誓った故――お前がかの街を離れなかったのだと、言うこと」
「俺は、お前のことなど知らぬぞ、魔女」
「そうさ、もちろんね、ヴェルフレスト王子殿下」
女は笑った。
「私は、アドレア。この名を覚えておけ。またいつの日か、お前を呼ぼう」
「何を」
ヴェルフレストはぱっと片足を引き、九十度を回って魔女に対峙した。
いや、しようとした。
「ヴェル?」
不審そうにかけられた声は、雑踏の賑わいとともに王子の耳に届いた。
「どうした?――険しい顔をしている。そのような顔は初めて見たようだが」
「カリ=ス」
彼はゆっくりと背後を振り返った。そこには、活気に溢れるアイメアの市場を背景にして、ひと月近い旅の間にすっかり見慣れた黒い肌の男が立っている。
「いや」
ヴェルフレストは頭を振ると、わずかに息を吐いた。
「どうやら、金髪狐に化かされたようだ」
彼は、美女に化けて旅人を騙す妖怪狐の名を口にして、唇を歪めた。
「違うか。白髪狐だな」
「……成程」
カリ=スは、ヴェルフレストが通りすがりの美女に声をかけて振られたのだろうとでも推測をしたようだった。
「ほどほどにな」
「そうしよう」
彼はその誤解に気づいたが、特に訂正をせずにそう答えた。
「ラタールはあとどれくらいで出立できそうだ?」
ヴェルフレストには馬のような動物を名で呼ぶ習慣はなかったが、カリ=スが人にするのと同じように話しかけるのを見ている内、呼ぶことにも自然と慣れてきた。
「もう一日も休めばよいだろう。出るのか?」
「ああ」
王子はうなずいた。
「それならば明日、ここを発つとしよう」
「どちらへ向かう」
カリ=スは当然の問いを口にした。ヴェルフレストは唇を歪める。
「言うなりというのも面白くないが、反抗して逆方向に行けば帰ることになるしな」
そう言って王子は南東への旅を示唆した。
父王の――ローデンの言葉に従うのか、アドレアの言葉に従うのか。
前者には抵抗がなかったが、その道を採れば後者でもあると言うのは奇妙な感じがした。
(〈風見の指輪は〉)
(お前のもの)
女の言葉が耳に聞こえたように思ったヴェルフレストは天を仰ぎ見るようにし、どうやらそれは少し面白いようだ――と思った。




