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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第1話 使命 第3章

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09 隠さなくたっていいよ

 カン、と金属や木の杯が打ち合わされた。

「助かったよ、旅の人」

 アクラスはキイリア酒をくいっと一口やると、ヴェルフレストとカリ=スに礼を言った。

「何。ちょっと力仕事をしただけだ」

 ヴェルフレストは澄まして言った。アクラスは笑う。

「先生の言葉なんか無視して出ていかれても仕方なかったのに、素早く動いてくれたろ。おかげであの子も酷いことにならないで済んだ。約束通り、ここは奢るよ」

「お言葉には甘えておこう」

 王子は楽しそうに言い、カリ=スは片眉を上げた。仮にも王子殿下が安酒を奢られて何を喜んでいる、というところであろうが、別に酒の質や(ラル)の問題ではない。面白いだけだ。

「改めて。わたしはアクラス。普段は隊商(トラティア)の旅に付き合って料理番をしてる。いまは、いつもの商人がちょっと厄介ごとに巻き込まれててね。当分、隊商を動かすだけの余裕がないって話だから、その辺りの厨房で働いてるんだ」

「俺はヴェル。こいつはカリ=ス。北方の出だ」

 ヴェルフレストは差し出された料理人の手を取って言った。

「これまでは故郷に閉じ籠ってきたがいい加減に退屈を覚えてな。南や東の方にでも行ってみようかという、実に曖昧な旅の途中だ」

 彼はほぼ真実に近いことを語った。

「ふうん」

 アクラスはふたりを見比べるようにしたが、「まあ言いたくないことは聞かないでおこうか」などと言った。おそらく「貴族の息子とその護衛」とでも思われたのだろう。ふたりは敢えて異議を挟まなかった。

「隊商と言ったか」

 ふとヴェルフレストは顔を上げた。

「ならばもしや、馬の病を治せるやつを知らんか」

「馬? 調子悪いのかい。……もしかしてニル先生を訪れたのは」

そう(アレイス)

 ヴェルフレストは澄まして言った。

「彼に診てもらいたくてね」

 真顔で言うとアクラスは吹きだした。

「おかしな子だね。適切な人間をひとり、紹介しようか。獣医じゃないが、知識はある」

「充分だ」

 カリ=スはうなずいて、半ば立ち上がりかけた。ヴェルフレストは連れと酒の杯を見比べて、少し考えてから声を出す。

「すまんがアクラス。その相手の居場所をこいつに教えてやってくれないか。気にして、酒どころじゃないようだ」

「わたしはかまわないけど」

 アクラスはカリ=スとヴェルフレストを交互に見る。

「ヴェル」

 カリ=スの呼びかけの意図を知って、ヴェルフレストは手を振った。

「俺は飲んでいるさ、悪いがお前ほどは動物愛なんぞ強くない。任せる」

「だが、お前をひとりにはできない」

 その台詞に残りのふたりは苦笑した。

「護衛じゃないかとは踏んだけど、これじゃまるで姫様の護衛じゃないかい? 確かにヴェルはきれいな顔をしてるけど、一日かそこらひとりでいたって拐かされたりはしないと思うよ」

「全くだ。そこまで徹底する必要はないぞ」

「徹底しろと言ったのはお前だが」

 カリ=スは真顔で言い、ヴェルフレストはそれが冗談なのかどうか考えたが、よく判らなかった。

「一刻を争うような状態なのかい?」

「そうでもない」

 カリ=スはそう言うとまた腰を下ろした。

「ただ、つらく感じていれば早く癒してやりたいと思う、それだけだ」

「成程ね。でもそれじゃ、残念だけどあたしの知っている男じゃ役に立たない。何しろ、この街にいるかどうかも保証できないもの」

 旅の薬草師だからね、とアクラスは言った。

「彼の家に行けば奥方が薬草を出してくれるとは思うけれど、住んでる村は馬を飛ばして一日ちょっとの距離なんだ」

「成程」

 ヴェルフレストは返した。

「それじゃ、ニル殿(セル・ニル)に教わった先の宿屋に静かにおいておくのがいちばんいいんじゃないか」

「――かもしれんな」

 カリ=スは認めるように言った。

「よし」

 ヴェルフレストは連れが――渋々かもしれないが――納得したことを知った。

「ならば、飲み直しと行こう」

 王子殿下は芝居がかって杯を掲げ、アクラスがそれに合わせる。アイメアの街に夜が降りてきた。

「そうなのさ、急に火の粉が飛んだもんだからあの子、驚いてね」

 アクラスは顔をしかめて首を振った。

「飛び退いたら後ろの卓に激突。その上に火から外されたばかりの大鍋があったって訳」

「そりゃ、熱い」

 ヴェルフレストも顔をしかめた。

「頭からかぶらなかったのがせめてもだな」

「そうだね。腰から右足くらいで済んだもの。しばらくは不自由するだろうけど、ニル先生に任せておけば大丈夫」

 アクラスはひらひらと手を振った。

「残念なのは、あの子がもう厨房には近寄らないだろうってことだね。新米を育て上げるのは苦労するよ」

「料理ねえ」

 ヴェルフレストは料理人(テイリー)と目前の皿を見比べるようにした。

「何をどうしたら、肉やら魚やら芋やらがこういったものに化けるやら。見当がつかん」

 アクラスは笑った。

「そりゃ、若様は料理なんてしないものね」

 ヴェルフレストは片眉を上げた。

「誰が若様だって?」

「別に隠さなくたっていいよ。だいぶ下々にも慣れてるみたいだけどね、いいとこの出だってのはどうしたって見えちまうさ。隠したいなら、もうちょっと上手にやりな」

「はっ」

 エディスンの第三王子は天を仰いだ。

「見て取られたんなら仕方がない。参考までに、どのあたりが拙かった」

「拙いっていうのかい?」

 アクラスはまた笑って、そうだね、と考えた。


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