03 王家の者たち
〈祈儀式〉が終わっても祭りはまだまだ続く。風司の仕事――ほとんどが形式的なものだ――もまだまだ続く。
王は息子に司の座を託したが、この祭りの間だけはカトライもヴェルフレストも風司であるとの形を取った。その仕事は、ともにする。
実際的な言い方をするなら、これは引き継ぎと言えた。次代の司が十年後のイルセンデルで何をどうしたらよいかさっぱり判らぬようなことがあっては困るからだ。
そしてそのような時間を持てば、王と三番目の息子は、これまでしなかったような語らいもした。
カトライは風具のことに触れたあと、事情を知る者は誰もが避ける話――魔女〈白きアディ〉の話をした。
王がいまのヴェルフレストとそう変わらぬ頃、旅先の街角で彼女の占いを受けたこと。不思議な雰囲気に惹かれたこと。魔女に惑わされていると指摘し、金を出せば追い払ってやると言った、少し年上の魔術師と出会ったこと。
「それがもう二十年は前になるか。そのとき私はまだ王子であったが、その後――王位を継いでから一度だけ彼女に再会した」
カトライには既に妻も子もあり、魔女であると判っている女を誘惑する気もされる気もなかったが、それでもあの不思議な美しさを認めぬ訳にはいかなかったと言う。
「そして、このたびの出来事だ。結局のところ、エイファムはアドレアを追い払いきれなかったということになるな。あのときの金貨は返してもらうとしようか」
父王は冗談か本気か判らぬことを――冗談ではあるだろうが、その実行までを含めて冗談としそうである――言うと笑った。息子も笑みを浮かべる。
ローデンもヒサラもシアナラスも、ヴェルフレストの前でアドレアのことを口に上せることを避ける。それは彼らの理によるのかもしれなかったが、王子としては腫れ物に触るような扱いを決して面白がってはいなかった。
だが実際のところ、彼らがその名を口にすればヴェルフレストはたじろぎ、怯むだろう。
しかし、カトライだけは異なった。
その話をするときカトライは王ではなく彼の男親であり、同時に、同じ女に惹かれた男だった。彼は父とだけ、恋した女の話をすることができた。
「母上の『病』は、治ったようですね」
そのほかに彼らがしたのは、その話だ。ヴェルフレストの言葉にカトライはわずかに顔を曇らせた。
「お前が帰ってきたからだ――ということにできたのは幸いと言えような」
グルスの魔力は王妃サラターラの上から消えたが、彼らの妻にして母は、ではあれは過ちでした、今後は王妃業に励みます、などとさらりと言える性格では、決してない。
取り乱し、嘆き、死んで陛下に詫びると狂乱状態に陥ったのである。
ローデンは禁忌を破って――と言っても、罰する規則などはなく、魔術師たちなりの倫理観において、ということだが――王妃の記憶を塗り替えた。
即ち、彼女はコズディム神殿を訪れてはいたが、尊敬できる神殿長と語らいをして心の慰めを得ていたという、何の波瀾もないものに。
王妃は、実際に病にあったようにやつれたが、少々体力が弱った程度で健康上の問題はなかった。ましてや夫が以前よりも妻との時間をひねり出し、優しい言葉もかけてくるようになったので、案じさせたと申し訳なく思っているようだ。もとより、公務を怠るような行動も、グルスの影響下にあったためだったが。
魔術師は、王と第一王子からも王妃にして母に関する問題の記憶を奪うことができたが、王はそれを禁じ、王子も拒否した。彼らは、覚えていなければならないと言い、魔術師は彼らの決意に手出しすることはなかった。
コズディム神殿は新たなる神殿長を迎え入れたが、前神殿長は突然の病に倒れたということになっていた。そうではないことを知る者はごく少数で、神殿のために口をつぐむ者もいれば、エディスンのためにそうする者もいた。
暗雲はエディスンの上から去り、その明日は晴れ渡るようだった。
〈風神祭〉のよき日々にそれを疑うものはいなかった。
ただ、幾人かが心に暗いものを負っただけ。
しかし彼らは、目を伏せることはしないだろう。
それが、エディスン王家の者である、と言って。
その王家の者たちのなかで、エディスンを揺るがせた――揺るがしかけた、にとどまった――風具と魔女、魔物の出来事に少しも関わらなかった人物がいた。
ヴェルフレストは何となく、その二番目の王子と会うと複雑な気分になる。
もともと兄弟仲は悪くはないが大してよくもなく、家族揃って食事をするときに少しばかりその日の出来事を報告し合う程度である。
だが、ミラオレス・ファズ・エディスンが何も知らずにいるというのは、ヴェルフレストを奇妙な気持ちにさせた。それは、知らないことに口を出すなというような傲慢な感情とも異なれば、何も知らせなくて悪いというような罪悪感でもない。
ヴェルフレストは旅を経て変わった。二番目の兄は、それを何も知らずにいる。それが何となく、居心地が悪いのである。
「見事な風司ぶりだった、ヴェル」
茶金髪の第二王子はにやりとして弟に話しかけた。
「まさかお前があれを継ぐとはな。父上も変わったことを考える」
「不肖の第三王子ですからね、意外なことです」
ヴェルフレストは肩をすくめて言った。
「あまりお話しできていませんでしたが、私の留守の間、兄上方にはご迷惑をおかけしたのではないかと」
「何とも殊勝だな。何か隠し事でもあるのか」
二番目の王子はにやついたままで言った。ヴェルフレストのそれよりも薄めの青い瞳が面白そうに光る。
「滅相もない」
弟は肩をすくめた。
「何も問題がなかったのでしたら、結構なことでした。私の不在などは何にも影響を与えぬと言うことで、気が楽になります」
「何もないどころか、お前の長きの留守中はお前の侍女たちが俺に仕えてな。部屋に美人の数が増えるというのはいいものだ。また旅に出てもよいぞ、ヴェルフレスト」
「寛大なお言葉で嬉しく思いますよ」




