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風読みの冠  作者: 一枝 唯
終章 vol.2/3

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01 問題を抱えている

 王子殿下が満足そうに――(ミィ)であれば尻尾をぴんと立てているところだ――護衛を従えて部屋を去れば、残されたティルドはローデンとふたりきりとなる。

「で、俺に何か用事なんすか」

 ティルドがローデンに呼び出されたのは、旅立ちの前と帰還の直後に幾度かくらいだ。この〈風神祭〉の月に入ってからというもの、全くと言っていいほど音沙汰がなかった。

 行き合ってちらりと言葉を交わすことはあったが、言われるのは「調子はよいか」くらいのもので、対する答えも「まあまあです」とか「絶好調です」くらいだ。面と向かって話すなどは久しぶりであり、一近衛兵としては、公爵閣下に呼び出されるなど何事だろうと訝っている。

 宮廷魔術師と彼の関わりと言えばもちろん言うまでもなく「あれ」だ。

 冠、風具、業火、それらを全部ひっくるめて「あれ」である。

「運んでもらいたいものがある」

 ローデンが言うとティルドは顔を引きつらせた。

「ちょっとっ、まさかまた冠をどっかに持ってけとか――」

 その悲鳴に魔術師は笑った。

「そうではない。郵便屋(バイリーン)の代わりをしてもらいたいだけだ」

「何だ」

 ティルドは安堵に肩を落としたが、そのあとで首をひねる。

「手紙? ローデン様ならどこにだって魔法でちょいでしょ」

「確かにな。だが、相手を驚かせてもいかん」

「なら普通に郵便屋を使えばいいじゃないっすか」

「お前に運んでもらいたいのだ」

 ローデンは言いながら卓の引き出しを開けると、一通の封書を取り出した。

「これをリエスに」

「リエス?」

 思いもかけなかった名前にティルドは目をしばたたいた。

「ローデン様があいつに恋文ですか」

 にやりとしてティルドは言った。もちろん本気で言ったのではない。

「恋文をその恋人に託すほど神経が捻れてはおらんよ」

「誰がっ恋人っ! ローデン様までつまらない冗談やめてくださいよ」

 「言ってやった」つもりの少年は一(リア)で負けた。

「重要な話なのだ。他者には託したくない。もし彼女が文字を読めなければ、代書屋などではなく協会(ディル)に行けと言ってくれ。(ラル)は私が出すから安心しろと」

「……いいですけど」

 真剣な声音に、ティルドは封書を受け取ると裏表をひっくり返すように眺めた。飾り気のない封筒は、とても重要な話が書かれているようには見えない。

「緊急だと言うほどではないが、あまりのんびりもしていられない。特に、お前が」

 ローデンは嘆息した。

「風具の力を失わせなどした、いまとなっては」

「何です、それ」

 ティルドはどきりとした。

「その力がなくなれば、リエスの声は戻るはずだ。俺はそのつもりで」

「戻る。それは安心していい」

 確約するようにローデンはうなずいた。ティルドは安心するが、そうなれば疑問も湧く。

「じゃ、どんな『重要な話』なんですか」

「あの娘の身体のことだ」

 魔術師はゆっくりと言った。

「風司を中途半端に継いだための不具合がなくなったとしても、彼女はまだほかに問題を抱えている」

 その言葉のまたも心臓が音を立てた。

 ティルドの脳裏に、不意にその言葉が蘇ったのだ。

(死体だ)

(偽の命)

(死んだ娘の――模造品)

「ローデン様。その」

 あの混乱のなかでしばらくは忘れていた、リグリスの言葉。

 ふとした折に思い出し、しかしユファスと同じように、ティルドを動じさせるための意味のない言葉だと気にしないことにしていた。だって――リエスは生きているではないか?

 しかし、邪な術がもたらしたリエスの不調というのは、リグリスの言葉と何か関わりがあるのだろうか。彼の内にそんな思いが浮かぶ。ローデンに訊いてみなくては、と。

「あの、俺、ちょっと気になることが」

「気にするな」

「そういうことは聞いてから言ってくださいっ」

 思わずティルドは叫んだ。ローデンは片手を上げる。

「リエスのことだろう。彼女の状態は判っている。お前が案じることはない」

 ローデンははっきりと言った。

 案じることはない。

 知らずに済むなら、それに越したことはない。

「彼女は、例の神官たちの薬を飲んでいたな」

 宮廷魔術師はそう言った。

「──薬」

 少年は繰り返した。ローデンはうなずく。

「そうだ。あれが彼女の身体を蝕んでいる。それ以上は、リエスがお前に話したいと思えば話すだろう」

「人のことを聞きほじるなってんですね。まあ、もっともだし、リエスが嫌がらなければ、聞きますよ」

 渋々とティルドは言った。ローデンがそう言うのなら、そうなのだ。案じる必要は、ない。

「ところでティルド」

「何です」

「風具の力を失わせたときの話をもう一度きちんと聞かせてもらおう」

 要求されてティルドは頭をかいた。どう言えばうまく説明できるのか。

 王家の儀式というのは文字通り王家のものだから、ごく少数の近衛兵をのぞいて、王家の人間以外は垣間見ることもできない。つまり、ローデンは儀式に出ていないから、ティルドが事細かに説明をしなければならないのだ。

 出ていたとしても、あの光が風司以外に見えないという推測が合っていれば、いかなエイファム・ローデンとてもこうしてティルド少年に話を聞かなければならないのだが。

 ティルドは拙い口調で、冠に「眠っててくれ」と頼んだこと、それを受け入れるように冠が光を放ち、ヴェルフレストの指輪を含めて四方に散ったことを話した。

「──四方(・・)、と言ったか」

「……それなんですけどね、ローデン様」

 ヴェルフレストの指輪、リエスの耳飾り──少女はその残骸をヒサラから受け取っている──、ユファスの腕輪。

 残るはひとつ、である。


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