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風読みの冠  作者: 一枝 唯
終章 vol.1/3

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07 お前くらいは

「ローデン様の解釈によるとさ、〈風謡いの首飾り〉の癒しは肉体より精神の癒しなんだそうだ。よく判んねえけど」

「だが、カリ=スの火傷を治しただろう」

「あれは……むしろ〈風食みの腕輪〉の力だったんじゃないかって」

 ティルドはやはり判らないと思いながらローデンの言葉を繰り返した。

「火傷には水をぶっかけるより、風を遮断することの方が適切だとか何とか。普通はそれをできないから水で冷やすけど、俺がやったのは最高の火傷治療なんだってさ」

「では、風謡いの力は」

「使ってない。そうなんだ。あれが癒しの力を持ってて、俺がそれを使えてたら、俺はアロダにやられたユファスだって治せた」

 精神の癒し――という意味では、彼は死の間際のメギルにその力を行使していたが、当人にはそうした自覚がなかった。

「そう言えば」

 ヴェルフレストはふと思い出したように言った。

「結局、俺はお前の兄には会わなかったな。エディスンへ戻ってくるものと思っていたが」

「実は俺もそう思ってた。でもまあ、兄貴の選んだことだ」

 自分はエディスン、兄はアーレイド。もとに戻っただけだ。少年はそう思うことにしていた。

「そうか。怪我を癒す力は……なかったのか」

そうなんだ(アレイス)

 少年はうなずいてから、躊躇いがちに言った。

「……カリ=スは、残念だったな」

 ティルドの言葉にヴェルフレストは唇を歪めた。

「あれでは──仕方あるまい」

「仕方ない、か」

 ティルドはじろりと王子を見た。

「嘘つけ」

 言われた王子はやはりじろりと少年を見返した。

「嘘だと」

「お前がどれだけカリ=スを気に入ってるか、俺が気づいてないと思ってんのか? そんなふうに強がってみせたって、見てほしかったはずだ。風司を継ぐ、晴れ舞台ってやつ」

「否定は、せん」

 ヴェルフレストは呟いた。

「だが仕方あるまい。規定で決まっているのだ。負傷兵は儀式には出られぬ」

 王子は珍しくも仏頂面で言った。「面白くない」というあたりである。

「父上から特例をいただいてもよいが、そんなことをすればカリ=スは怒るに決まっている」

「カリ=スだって出たいだろうに」

「そう思っていても、決して口には出さぬ。傷を負ったのは自身の不徳と言う訳だ。ぎりぎりの戦いから生き残っただけで運がよいのだし、もし火傷が身体の半分も覆っていたなら、いかな治癒をしても無駄だと言うぞ。運がよかったのだ。砂神の加護でもいい。だと言うのに、自身の力が足りなかったのだと思い込んでいる。どこまで自分を律すれば気が済むのだ、あの男は」

「そう言えば」

 ヴェルフレストの言葉に何となくにやりとしながら、ティルドは言った。

「カリ=スを助けさせたの、ヒサラだってな」

「コルストに先に乗り込んでいた魔術師に連絡を取って、見つけさせたということだ。厳つい顔の、戦士のような魔術師だったとか」

「俺、そいつに会ってるや」

 ティルドはコルストの宿屋でのやりとりを思い出した。協会の代表を名乗る男は、まさしくそのような外見だった。

「名前も聞かなかった。どこの術師かも知らないけど」

「尋ねても名乗らなかっただろう。魔術師たちはその辺り慎重だ。協会に問い合わせているが、頑として回答を寄越さない。ヒサラも同じだ。礼をしたいと言っているのに、あの件はなかったことになっているから答えられないときた」

「もし判ったら俺からも礼、言っといてくれ。俺が見つけても、助けらんなかったと思うし」

「かまわぬが」

 ヴェルフレストは肩をすくめた。

「お前が俺に頼みごとをするとは、驚きだな」

「たまには、いいだろ」

 少年はさらりと言った。

「十年に一度の祭りだ」

「そうか」

 王子はにやりとした。

「十年に一度くらいなら、な」

「そう言や」

 ティルドははっとしたように言った。

「いったい、わざわざこんなとこにきて何の『お話』なんだ」

 言われたヴェルフレストも思い出したように片眉を上げる。

「大した話ではないが、これまで話をする時間がなかったからな」

「答えになってねえ。それに、お前は暇でも俺はやることあんだぜ」

 このたびの儀式とその警備について近衛隊長(コレキアル)の訓戒にはじまり、手はずの最終訓練、最終確認、時間はないのだ。準備を人任せにしてのんきに歩き回っている王子様とは訳が違う。と、少なくともティルドは思った。

「俺もたっぷり時間があるとは言えないが、この日は俺とお前が話をするのに相応しい日のように思う」

「まあ……それは判らなくもない」

 〈風神祭〉のために歩いた旅路。風具。風司。

「俺は形式上、儀式で父上からイルサラを継ぐことになる。〈風見の指輪〉が本来のものだったと言っても、なかなか『王位を継ぐ者が〈風読みの冠〉を継ぐ』という長年の慣習は完全には変えられず、形の上では兄上が冠を継ぐという折衷案になった。だが、現実には俺は既に指輪を継いでおり、お前が冠を継いでいる」

「それが何だよ」

「本当にかまわぬか、と聞きにきた」

「かまわねえよ」

 非常に簡単に少年は答える。

「言ったろ。俺はあんなもん要らねえんだ。冠も、風司もさ。近衛兵になって給金も待遇もよくなったし、まあ、お前も含めて守る責任があるってのは気に入らねえけど」

「お前になど守ってもらわなくてよい。気にするな」

 王子はひらひらと手を振った。

「それともうひとつ」

「何だよ」

「俺を『指差して笑って』やりたいのではないかと思った」

 その言葉にティルドは目をしばたたき――そのやりとりを思い出して苦い顔をした。グルスを倒せず、アドレアを守れなかったら笑ってやると、言ったのだ。

「何でそんなこと言うんだよ」

 もちろんティルドはそんなことをしたいとは思っていない。彼だってサーヌイとラタンを逃したことでは一緒だし、リエスは無事ではあるけれど、薬を飲み続けなければならない日々である。それよりも――いくら気に入らない相手でも、傷口をえぐって楽しむような悪趣味ではない。

「誰も俺を責めん」

 ヴェルフレストはそんなことを言った。

「ローデンは、アドレアはあれで解放されたのだと言う。父上も、グルスは生き延びたとしてももうエディスンに手出しをしてこないだろうと言う。〈媼〉もわざわざ顔を見せて、俺を慰めるようなことを言った。お前くらいは、俺を馬鹿にするのではないかと思ったのだが」

「お前」

 ティルドは複雑な顔をした。ヴェルフレストのなかに渦巻くものを彼は知っているからだ。

「……俺は何も言わねえよ」

 ティルドは仏頂面で言った。

「俺がお前を責めなくても、お前は自分を責める。俺が責めても、それ以上責める。変わらねえ。だから、言わねえ」

 その口調は特別に改められた訳でもなかったが、ヴェルフレストはそこに苦いものを聞き取った。そこで王子は思い出した。少年もまた、旅の間に得た恋する娘を失ったこと。

「――ローデンが言っていた」

「何だって?」

「俺とお前の星巡りは、よく似ているのだそうだ」

「そいつは」

 ティルドは顔をしかめた。

「嬉しくねえ」

「俺もだ」

 ヴェルフレストはそう返すと、にやりとした笑みを浮かべた。

「あまり時間はないのだったな。話はまたあとにしよう」

「あとだって?」

「ローデンだ。儀式のあと、あやつの執務室へ行け。近衛隊長の許可は得ているそうだ」

「へえ、何だろ」

 少年は首を傾げた。

「王子を伝言役に使う公爵など聞いたことがない。だが」

「面白い、か?」

そうだ(アレイス)

 そう言うと王子は踵を返した。

「では俺もそろそろ『支度』に取りかかるとしよう。きっちり任務を果たすのだな、我が兵よ」

「……この野郎」

 王家の者を守る地位に就いた少年は、その言葉に言い返すことはできないのだった。


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