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風読みの冠  作者: 一枝 唯
終章 vol.1/3

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06 クビにはできるだろ

 強い風が吹いていた。

 抜けるような青空と、海からの強い風。

 〈風神祭(イルセンデル)〉には、それが相応しい。

 ティルド・ムールはそんなことを考えながら制服の留め具をひとつひとつ丁寧にはめた。

 王家の儀式、である。

 もちろん彼は警護兵に過ぎないし、誰も彼のことなど見ない。だが、それでも服装が乱れていれば恥ずかしいと言おうか、みっともない。気づかれれば叱られるということもあるが、それよりは自分自身の気持ちの問題だ。

「よし」

 少年は呟くと、次に装備を確認した。剣はいつものものだが、鞘はこういった儀式のときのために用意される、きらびやかなものだ。身につけるには何となく抵抗があったけれど、冠をかぶるよりはずっとましだ、と考えた。

 不意に戸が叩かれる音がして、ティルドは眉をひそめた。誰かがやってくる予定などない。当たり前だ、これから彼は仕事につくのである。

 だが扉を叩く音は来訪者を知らせる以外の何ものでもなく、ティルドは訝りながらもそれを開けた。目前には全く見覚えのない少年が立っている。そのお仕着せを見れば、王宮の小姓であることは知れた。

「何だよ」

「あの」

 ぶっきらぼうな物言いに、丁寧な対応になれている小姓は瞬時、戸惑ったようだった。だがすぐに気を取り直すと、咳払いをして続ける。

「王子殿下がムール近衛兵にお目通りを許してくださいます」

「はあっ?」

 顔をしかめたのはその内容にというよりも「お許しくださいます」の部分だった。

 だが「何言ってんだ」だの「んな暇ねえよ」と返す暇の方こそなかった。その小姓の背後には、見覚えのある、気に入らない顔があったからだ。

「おまっ、こんなとこで何してん……してらっしゃるんです、殿下(カナン)

 他者の目前であることをかろうじて思い出したティルドは修正を加えた。ヴェルフレストに敬語を使うなど気に入らないが、そんなことを聞き咎められて罰でも受ける羽目になればやはり気に入らない。

「話をしにきた、ムール」

「そりゃまあ」

 決闘をしにきたとか言われても困るというものだ。

 困惑するティルドにはおかまいなしで、第三王子は小姓を下がらせ、ティルドが近衛兵(コレキア)となって与えられた個室に許可も得ずに入り込んだ。

「狭いな」

「喧嘩売りにきたんか」

「ただの事実ではないか」

 王子殿下としては正直で素直、率直な感想なのだが、ティルドは当然、馬鹿にされていとしか思えないというものだ。

「お前、こんなとこきて、いいんかよ。儀式の支度は。いまなんか大忙しだろ」

 ティルドが言うとヴェルフレストは片眉を上げた。

「馬鹿な。儀式の支度など、儀式長官やその徒弟たちがやるものだ」

 当然のように王子は言った。彼としては当然である。

「俺がやる『支度』は、それらしい(・・・・・)衣装に着替えることくらいだな」

 ヴェルフレストは肩をすくめるとティルドを見る。

「お前は、それ(・・)か」

 王子が言うと少年は胸を張った。真新しい制服は濃い蒼が鮮やかだ。銀と黒の縁取にはところどころに房がつき、その整い具合はいかにも「新人」という感じである。

「別に制服なんざ何だっていいんだけどさ」

 嬉しそうな様子を見せればからかわれるのではないかと、少年は慌てて言った。

「『何でも』よくはない。大事だ」

 ヴェルフレストは茶化すでもなく言った。

「形式。儀式。象徴。力などなさそうなものたちに力を持たせる、それが王であり」

 彼は何もはめていない左手を見た。

「風司」

「象徴だってんなら」

 ティルドははたとなった。いい機会というやつではないかと思ったのだ。

「訊きたかったんだ、ヴェル。お前は、指輪を継ぐんだから当然、それを保管してたいだろうけど」

「当然だ」

 ヴェルフレストは即答し、それから躊躇いがちにつけ加えた。

「俺が継いでも、あれはアドレアの――ものだからな」

 その台詞は、形見だ、と聞こえた。

 ティルドはそれには何も言わなかった。王子たる司が、そのように魔女の口先に乗せられたままでどうする、などと言う立場ではない。身分階級のことだけではなく、彼の傷を知る者として。

「力に関してはどうだ?」

 その代わり、ティルドは自分の話を続けた。

「何?」

「風を見て――風を起こす。そんな力が、要るか?」

「特に有用だとは思わぬようだ」

 王子はそう答えた。

「古代にはどうであったとしても、出航に際して不思議な風を受けるなどは、迷信深い船乗り(マックル)どもの気には入らぬ。それに」

 ヴェルフレストは思い出したように言った。

「知っているか、ムール。大きな船ともなれば、風向きを見て取ることの得意な船員がひとりはいるものらしい。それのことを」

 笑って、彼は続けた。

「風読みの主、または風見の司と言うそうだ」

「へえ」

 ティルドも面白そうに答えた。

「風神の加護は要るが、指輪の起こす風などはなくても、エディスンの船舶事業に影響はない。これまで通り。父上は俺の力をどうこうするおつもりはなく、俺も同様だ」

「そうか」

 ティルドはほっとしたように言った。ヴェルフレストは片眉を上げる。

「何故、そのようなことを聞く」

「――冠はさ」

 少年は何となく声をひそめた。別に誰も聞いていないのだが、旅路の上でならともかく、こうして自分の部屋で口にすると、何となく馬鹿げた感じがして気恥ずかしい話題だ。

「いまでは王宮の宝物庫だかどこだかにあるんだろうけど、それでも俺はあれとつながりがあるみたいだ」

「返してほしくでもなったのか?」

「違えよ馬鹿、あんなもん持ってたってどうしようもないじゃねえか」

 王子殿下に対してその口利きもないものであったが、ティルドもヴェルフレストも全く気にしない。

「俺はさ、あの力を操れるらしい。やってないから判らねえけど」

「試してみればよいではないか。風を起こし、相手の声を聞き、火を食らい、癒しまで行うのだったか? いっぱしの魔術師(リート)だな」

「面白くもない冗談やめろ。魔術師扱いでもされたらたまったもんじゃない」

 ティルドは思い切り顔をしかめた。

「だからさ、俺はそんな力、なくしちまいたいの」

「何?」

 ヴェルフレストは眉をひそめた。

「なくす、だと?」

そう(アレイス)。できると思うんだよな、少しずつ判ってきたことがあって……上手く言えねえけど、何たって冠は『王様』なんだ」

「王を辞めると言って、辞められるものでもないぞ」

「臣下をクビにはできるだろ」

 それが少年の返答だった。

「では俺の首を切るか」

 王子は面白そうに言った。

そうなる(アレイス)。リエスも。ユファスも。そんな力、あいつらも望んでないし、要らないって言ってる。リエスに関しちゃ、力が半端なままで面倒なことにもなってるし」

「ほかの風具の力を消すと。そのようなことができるのか」

「たぶん。で、そうなれば冠は、それらの力を借り受けてるだけだから、やっぱり力をなくす。これでみんな万々歳」

「そう簡単に行くのか?」

「行く。行かす」

 少年は鼻を鳴らした。

「まあ、正確なとこを言えば、なくすっつうより眠らせるとでも言うのかな。いつか、その力が必要になることがあるかもしれないし、たまたま冠に選ばれた俺の気紛れで、何もかんもなかったことにしちまう訳にもいかねえから」

「意外に殊勝なのだな」

「意外って何だよ」

「やろうと思えばお前は、リグリスがやろうとしたことをできるのに」

「阿呆かっ、何で俺がエディスン焼かなきゃならねえんだっ」

「まあ、その前にローデンに殺されるだろうがな」

 ヴェルフレストは平然と言った。

「だが、癒しの力くらいは残しておいた方が得策なのではないか。誰かを救えることがあるやも――しれぬだろう」

「それは」

 少年は躊躇った。

「俺も少し考えたよ。でも、そもそも俺はちゃんとその力を使えてない」

「リエスを治せぬことか」

「うん、まあ」

 ティルドは悔しそうに下を見たあと、微かに息を吐いてから顔を上げた。


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