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風読みの冠  作者: 一枝 唯
終章 vol.1/3

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421/449

01 たいへん感謝しておりますわ

 北方陸線にある都市エディスンは、一年を通して太陽(リィキア)の熱から自由にはならない。

 かろうじて過ごしやすいと言える季節は終わり、これから夏と言われる時季を迎えようとしているところだ。

 エディスンの住民は、決してそれをつらい季節だとは思わない。

 彼らはそれに慣れ親しんでいて、もし海からの風に湿気がなくなり、太陽が力を弱めるようなことがあれば、喜ぶどころか不吉だと騒ぎ――あまつさえ「寒い」と文句を言うことだろう。

 ましてや、暦は黄の月。ただの十番目の月ではない。

 十年に一度の〈風神祭(イルセンデル)〉だ。

 暑いも寒いも、そんなつまらないことは話題にならない。

 街はすっかり大騒ぎで、どこもかしこも風神イル・スーンの紋章や、それを象徴するものであふれかえっていた。

 こうなるとちょっとした犯罪も増加し、町憲兵隊(レドキアータ)は通常以上の警備を必要とする。気の毒にも町憲兵(レドキア)たちは、職務を忘れて祭りを楽しむことはできないという訳だ。

 こういうときは軍兵(セレキア)もかり出される。

 人数が多いから祭りの間中ずっと任務に就いていなければならないということはないが、一日や二日は覚悟しないといけない。

 特に下っ端であれば、当然だ。

 カマリは恨めしそうな視線でティルドを見やった。

「何で、よりによって俺が、祭りの最高潮の日に警備に当たらなきゃいけないんだ?」

「それは」

 ティルドは友人に向けてにやりとした。

「日頃の行いだろ」

「てめえ、余裕こきやがって。任務の達成に予定の倍近い日数かけてきたお前が、何で罰されないのか判らないね」

「遅れたのは俺のせいじゃねえよ。それに陛下は、俺の苦労をよくご存知でいらっしゃるからな」

「この野郎」

 ティルドが澄まして言ったので、カマリは友人の頭をひっつかんで髪の毛をぐしゃぐしゃとやった。

「馬鹿、やめろっ」

 ティルドにしてみれば、何とも真っ当な、これ以上ないくらい本当のことを言っただけであるが、カマリには通じない。詳しいことは何も話していないのだから、当たり前なのだが。

 隠そうというつもりはなかった。ローデンは、特に彼に口止めをしなかった。だが言い立てるにはどうにも奇妙な話であり、なおかつ、あまり話したくないこともたくさんあった。

 だからティルドは、ローデンが用意した公的な説明――〈風読みの冠〉が盗賊(ガーラ)に奪われたが、ティルド・ムール軍兵はそれを無事に見つけて持ち帰った――に乗っかることにしていたのだ。カマリは詳細を聞き出そうとしたが、ティルドはいつもごまかした。

 隠そうというつもりは、なかった。

 まだ、整理がつかないだけだ。

 ティルドがリエスを伴ってエディスンの地を踏んだのは、九番目の月の終盤だった。コルストを離れてから、ひと月以上経っている。

 急げばもう少し早く帰ってこられたかもしれないが、どうにも万全の体調とは言えない連れを気遣った。リエスは不満そうなことを言ったが、彼女の「治療」に当たるヒサラの言を借りれば「本当はティルドにとても感謝している」のだそうだった。ティルドにはいまひとつ、信じられなかったが。

「それで、今日はリエスちゃん(セラ・リエス)デート(ラウン)か? きれいにお(ぐし)整えて、まあ」

 思い切りそれをかき乱したカマリはにやにやと言った。

「そんなんじゃねえよ。様子、見に行くだけだ。伯爵家に行くんなら礼儀ってもんが要るだろうが」

「ついでに伯爵令嬢と茶会か? 恋人に怒られるぞ」

「あのなっ、リーケル様は婚約するし、リエスは恋人じゃねえっ」

「よく言うぜ。旅先で女捕まえて帰ってきて」

 確かに、傍目から見ればどう考えてもティルドとリエスは恋仲に見えた。

 彼の主張するような「たまたま通りかかって面倒を見ることになった娘」に職場を紹介するなら、伯爵家(・・・)ではなく、どこかの酒場の厨房あたりであろう、というのだ。

 素性の知らぬ娘が伯爵家の下働きに雇われるというのは、そうそう有り得ることではない。つまり、単独任務を達成した有能なる(・・・・)兵士であるティルドの口添えがあったということで、そこまでするのに何の関係もないとは言わせない、と言う辺りであろう。

 加えて、ティルドはほとんど日参するようにリエスを訪れている。帰還後、リーケルの茶席には一度招かれたが、それは「無事帰りました」という挨拶のようなものであり、リーケル嬢にも婚約の話が出て――何とも幸いなことに、相手はヴェルフレストではない――それ以上のことは何もなかった。

 ヴェルフレストには、会っていない。別に見たい顔でもないからかまわなかった。

 実際のところは、ティルドの立場としては第三王子殿下のご尊顔を拝見する機会はあるのだが、顔をつき合わせて話をするようなことはなかった。

 ティルドの方も忙しいが、ヴェルフレストも忙しいのだ。

 何しろこの風神祭では、慣例を打ち破って三番目の王子が風司(イルサラ)を継ぐのだ。

 それも〈風読みの冠〉ではなく、人々が聞いたこともないような〈風見の指輪〉を以て。

 ティルドは詳しいことは知らなかったが、邪推に満ちた噂――カトライ王と第一王子デルカードの間に確執が起こり、第三王子ヴェルフレストに風司を継がせるのは、王位を素直に第一王子にやりはしないという王の警告である、というような――を打ち消すのにローデンともども奔走しているらしい、というようなことは何となく耳にしていた。

 そのような噂がなくても、祭りの準備というものは、下々(・・)でも大騒ぎで大忙しなものだ。王家の儀式となればなおさらだろう、と少年は漠然と考えた。

「だからって」

 少女は不満そうに口をとがらせた。

「あたしがヴェルに会えないって理屈にはならないんじゃないの!?」

「あのな、何度言えば判るんだよ。あれは王子殿下。お前は伯爵家の下働き。向こうが暇を持てあましてたって、招いてもらえる相手じゃないんだぞっ」

「何でよ」

 非常にもっともな理屈はリエスには通じない。いや、リエスも判ってはいるのだが、納得したくない、というところだ。

「じゃあ、こう言おうか」

 ティルドは咳払いをした。

「あいつは、会いたくないんじゃないか。俺たちを見れば、思い出したくないこと思い出すかも、しんないだろ」

 ヴェルフレストに何があったのかは、ローデンからだいたいのところを聞いていた。

 恋した女が、目の前で死ぬ。

 自分の力が、至らなかった故に。

 ティルドはそのつらさ、きつさを知っていた。

 アーリを思い出しても息がとまらなくなるには、何月もかかった。しかもそれは、波瀾万丈の旅路においてでさえ、だ。少しばかり忙しくても日常生活の内では、どれだけかかるものか。

「そんなこと。ヴェルはちゃんと乗り越えるわ」

「かもな」

 鼻息荒く言うリエスにティルドは曖昧に言った。

「なら、時間やれよ。いつか面白がって、お会いし(・・・・)てくださる(・・・・・)かもしんないぜ」

「そうかもね。それまで」

 少女は天を仰いだ。

「あたしが、このお上品な空間に我慢できたらね」

 その台詞にティルドはむっとした顔をした。

「何だよ。不満なのか、ここの仕事」

「いーえ、たいへん感謝しておりますわ、ティルド様。わたくしのような通りすがりの娘に、何とご親切な」

「やめろ」

 ティルドは唇を歪めた。

「下町の品のない酒場の方がいいってんなら、さっさと出てきゃあいいだろうがっ」

「そんなことしたら、会えなくなるでしょっ」

 少女は威張るように言い、少年は鼻を鳴らした。ティルドは当然、「ヴェルに会えなくなるのが嫌だ」と解釈したが、リエスの目的語はティルドである。

 旅の途中で砂漠の男は、素直になるように少女に言ったが、どうにも彼女は実行できていなかった。

「体調は。どうだ」

 ティルドは話題を変えた。

「薬飲んでれば問題なし。面倒ね、どうにかならないかしら」

「なるかもしんないぜ」

「……あら、何よ、その顔」

 ティルドがにやりとしたので、リエスは「何か企みでもあるのか」というような意味で言った。

「例の儀式。俺、警護の任に当てられたんだ」

「へえっ、風神に風具を捧げるって、あれ!? すごいじゃない、ティルド」

「ヴェルは俺を見たくないかもしんないけど、うまく話ができて、了解が得られれば……まあ、どうにかなるかも」

「どうにかって、何よ」

「巧くいくか判らねえから、巧くいったら教える」

「ケチ」

 これは至極もっともな抗議であった。ティルドは口を曲げた。

「楽しみはあとに取っとけよ」

「何よ。巧くいかなかったら教えないんでしょ」

「たぶん」

「やっぱ、ケチじゃないっ」

「あー、そろそろ俺、戻らねえと。お前も仕事あるだろ」

「ごまかす気ねっ!」

そうだ(アレイス)!」

 ティルドは堂々と言った。珍しく、リエスは二の句が継げなくなる。

「儀式の日は、休ませてもらえ。何かあったら困るし」

「何かって何よ」

「ヒサラについててもらえば大丈夫だろ」

「だから何がよっ」

「いいだろ。儀式の日なんだから」

「さっぱり判らないわ」

「黙って風の神サマに祈りでも捧げてろってんだ」

 ティルドはにやりとした。

「お前だって、風司(イルサラ)だってことだよ」


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