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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第8話 対決 第5章

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05 おかしなこと

「よせ、ヴェル」

 ぴたりとヴェルフレストの手がとまった。王子はティルドを見たが、少年は考えの淵に沈み込むように下を向いていて、強い制止の言葉を発したようには見えなかった。

 いや、ヴェルフレストは気づいていた。いまのは、ティルドの声ではない。

「お前の周りに風は集まる、そうだったな。だがいつだったか言った言葉を思い出せ。お前には追うべき風とそうでない風がある。お前はそう言ったのだ。冠は、どちらだ。本当に、それはお前に必要か」

「――俺の決めることには従うのではなかったのか、カリ=ス」

 それは砂漠の男の声だった。ヴェルフレストは、姿の見えぬ連れに唇を歪めて返した。

「お前は私の主だ。だがお前の選ぶ道がお前を危険に導くとなれば、黙って従いはしない」

「俺の危険などはどうでもいい。問題は」

「アドレアか。彼女のためにそれが要るのだと、そう言うのだな。そうではない、ヴェル。お前の屈服は、お前の敵に力を与える。お前が戦ってこそ、彼女を救えるのではないのか」

「戦えば、ほかの者たちが傷つけられる!」

「それで屈服するのか? それで、よいのか」

 カリ=スの声は淡々としていた。ヴェルフレストは唇を噛みしめる。

「――面白くは、ないな」

「だろう」

 カリ=スの声は笑った。

「もう一度、よく考えろ。それを手にする前に」

「いいこと言うわ、カリ=ス」

 感心するような安心したような声がした。

「リエス」

 顔を上げたのはティルドである。

「お前、大丈夫か。あれ以上変な術、かけられてないか」

「ちょっと、心配するのはあたしの方でしょ。何よ、だらしない。負けちゃってさ。王子様の方が五十倍は格好いいわね」

「あのなあっ、言っとくが俺は」

「何よ? ほらほら、言ったんさい。あたしを助けようとしたんだとか言わないでよね。冗談じゃないわ、押しつけがましいもいいところよ。あたしをかばってティルドが死んだりしたら、寝覚めが悪くて仕方ないじゃない」

「死なねえよっ」

「何の計画もないくせに、気合いばっか充分なんだから。でもその気合いもなくして負けたのよね? 怖くなっちゃって。ああ、情けないわ、どうしてこんなの選んだのかしら、あたし」

「うるせえ、俺は」

 ティルドは立ち上がった。そこで、言葉をとめた。

 選んだ?(・・・・)

「――リエス? それとも、まさか……」

「ほら」

 姿は見えないのに、少女が皮肉っぽく唇を歪めた気がした。

「白詰草と蓮華の見分けもつかない。情けないわ」

「アーリ……なのか?」

 少年は声が喉に張り付く感じがした。

「どっちだっていいわ」

 それが少女の返答だった。

「好きに呼んだら。あたしは彼女で彼女はあたしかもしれない。でも、同じじゃないわ、全然違う。当たり前。あたしはあたしよ。彼女じゃない。よく見て。決めるのは、ティルドだから」

「俺が……決める?」

そうよ(アレイス)。しっかりしてよ、風読みの継承者。ティルドにはちゃんと、見えるものがあるはずなんだから」

 そこで声は途絶えたが、まるでぐいと首を掴まれてそちらに向けられたように、少年の視線はそこに向けられた。

 無造作に落ちたままでも誇り高い――冠に。

(あれはお前の、声なのか?)

 奇妙な考え。だが不思議と、腑に落ちるものもあった。

「……ヴェル」

「何だ、ムール」

「俺、さ」

 少年は考えながら話し、ヴェルフレストの方に歩を進めた。

「何て言うか、おかしなこと考えた。いや、俺が考えた訳じゃないと思う。変な言い方だけど」

 言いながら彼は王子の目前までやってくると、すとんと腰を下ろした。ふたりの若者は、冠を間に向かい合う形になる。

「それはもしかすると、俺も同じやもしれん」

 王子は肩をすくめて言った。少年から――或いは父から冠を奪う? 本当に、それが彼の考えだったろうか。

「だがいまでも、明確に何かが見えたとは言い難い」

そうなんだ(アレイス)

 ティルドは同意した。

「ちょっと思ったんだけど、ヴェル、お前さ。〈風見の指輪〉見つけたのか。お前、風司(イルサラ)になったのか?」

「何?」

 全く思いもかけない話――ティルドにしてみれば同じ話の続きなのだが――を口にされてヴェルフレストは瞬時、戸惑った。

「確かに指輪は見つけ、手にした。だが風司たる地位は父上のものだ。俺は継承者ではあるかもしれぬが、イルサラであるのは父上だ。指輪も、彼のもとにある」

「……おい」

 ティルドは眉をひそめた。

「騙す気か」

「何だと?」

「だって、そうだろ」

「何がだ」

「本気で言ってんのか?……俺、お前が鈍いんじゃないかと思ったことがあったけど、本当にそうなのかよ? 俺だって感じ取れるのに」

 何とも無礼なことを言われた王子殿下は唇を歪める。殊、ティルドに言われると面白くないというところか、はたまたやはり、面白いのか。

「何の話だ。ちゃんと言え」

「『命令』か?」

 今度はティルドが唇を歪めたが、これは間違いなく「気に入らない」である。

「あのな。ごまかす気でも本気で知らないでも指摘するけどな。〈風見の指輪(・・・・・)はお前の右(・・・・・)の隠しに入(・・・・・)ってるぞ(・・・・)

 ティルドにはそれがはっきりと感じられていた。ヴェルフレストは軽く目を見開き、何度か瞬きをしてからティルドの言葉の意味を理解しようとした。表面的な意味以外に何も思いつかなかった彼は、疑わしそうな目つきをしながら――そんなところにあるはずはないのだ――隠しに手を入れ、呆然とすることになる。

「馬鹿な。俺はこれを父上にお渡ししたのだ」

 ヴェルフレストはゆっくりと紅石の指輪を取り出した。

 〈風見の指輪〉。

 古くには出航する船に向けて風を呼んだと言う。


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