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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第8話 対決 第3章

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07 本物を見せてやろう

「兄貴!」

「愚かだ。誰も彼も愚かすぎるな」

「彼女を放せ」

「放して、どうする」

 リグリスは首を傾げた。

「私は、これ(・・)は不要だと言った」

「リ、リグリス様、どうかおやめくださいっ」

 〈風読みの冠〉を手にしたサーヌイは、青い顔のままで叫んだ。

「見誤るな、サーヌイ。これはオブローンの使いではない。ただの愚かな女だと言っただろう。火を操るとて、ただの魔火。聖なる火を持つお前が気にかける価値などかけらもないのだ」

「しかし」

「何が聖なる火だ、獄界神のどこに聖なるものがあるって!? 嘘八百もたいがいにしやがれ!」

「それに獄界神ですらない」

 サーヌイの背後から、ユファスが言った。

「お前たちの火もまた、ただの火だ。業火の神なんかじゃない、ごく普通に、調理で使う火と同じさ。属するとすれば自然神、アイ・アラスの火だ。リグリス、お前は判ってるんだな、判っていて、それが気に入らない。だから僕が精霊師(ケルエト)だと言ったときに、腹を立てたんだ」

「黙れ」

 リグリスは魔女を投げ落とした。

「メギル様っ」

 どん、と女が床に落ちる音がすると同時に、サーヌイが叫んだ。同じ瞬間に、ごおっという音がして炎の玉が広間の反対側に向かって飛ぶ。ティルドの前を通り過ぎ、サーヌイの脇をかすめたそれは、一直線にユファスへと向かった。

「最初から、私が試せばよかったのだ」

「ユファスっ」

 ティルドは悲鳴を上げた。怖ろしい光景が蘇る。火に包まれたアーリ。彼に救いを求めるように手を伸ばしながら、黒く焦げていった娘。

 バン!――と、まるで何かが爆発するような音が拡がった。

 ティルドは一(リア)、衝撃波のようなものを感じる。炎の玉は、消えた。ユファスを包むことなく、後方に燃え移ることもなく、跡形もなく。

風司(イルサラ)の力を甘く見ない方がいいんじゃないかな。と、これは僕自身への自戒なんだけど」

 両手を合わせるような姿勢を取ったユファスは、手が痺れたというようにそれを開くと、ふっと息を吹きかけた。

「こんなことができるとはね。ああ、びっくりした」

「それは俺の台詞だ」

 ティルドは力が抜ける思いだった。

「道具を手に持たずとも力を持つか。よかろう、それが判っただけでもよい」

「そんなに、精霊師だと言われるのが嫌だとはね。それが判っただけでもいいよ」

「精霊師……いったい何です、それは」

 リグリスの足元、倒れたメギルのもとにしゃがみ込んでいたサーヌイは、主を見上げるようにして言った。

「知らずともよい」

 リグリスの即答に、ティルドは思い出すものがあった。

「どっかで聞いたことあるぞ。魔術師とは少し違う火を使うとか……」

「黙れと言っている」

 司祭の声音は厳しくなり、その手が合わされ、本を開くような形に動いた。その動きには見覚えがあった。ティルドはぎくりとする。

 またも爆発が起こる。

 少年の内だけに。

 胸を焼く思い出の数々が、彼の心を再び――いや、三度(みたび)、焼く。

 ティルドはふらりとよろめいた。

 兄が弟の名を呼んで駆けてくるのが判った。

「駄目だ……くんな、ユファス……」

 この術は風食みの力でも避けられない。同じものをユファスが受ければ、兄弟共倒れだ。

「……じゃねえ」

 ティルドは歯を食いしばった。

「倒れねえぞ。二度も同じ手に、かかるもんか。俺は、簡単には負けな」

「足りぬなら、足してやろう」

 リグリスが言うと、少年の記憶がより詳細になった。より、鮮明に。実際に見なかったものまで、浮かび上がる。見なかった母の死体、父の死体、アーリの――死体。現実には目にしていない。彼の心の内にだけ、あるものだ。なのに、それは酷く鮮やかで、まるでいまこの瞬間に目前にあるよう。

「母さん――父さん。アーリ! ちくしょう! ざけんな! 嘘だ!」

 ティルドは闇雲に剣を振り回した。

「嘘だ! あの娘の身体は、残らなかった! 灰に、なっちまったんだ、俺は知ってる!」

 がん、と衝撃があった。からん、と剣が床に転がる。痛々しい幻影の合間から現実をのぞけば、リグリスが拾い上げたメギルの杖で自身の剣を払ったのだと――判った。

「ならば」

 杖の先が突きつけられた。焦点の合わぬ瞳でそれを見ようとすると、ぐいと肩から後ろに引かれる。ユファスがティルドをリグリスから引き離したのだった。

「次は本物を見せてやろう」

「……何だって?」

 少しずつ消えゆく幻影に目をしばたたき、不覚にもこぼした涙を拭いながら、ティルドは言われたことを理解しようとしたが、意味が判らなかった。

「蓮華と名付けたのだったか。風聞きの娘。あれの死体を見せてやろうと言っている」

「リエ、ス?」

 生意気な少女の顔が――アーリと同じ顔が活き活きと笑う姿が、ティルドの心に浮かんだ。

「……はっ、できるもんならやってみやがれ。リエスにはすげえ剣士がついてんだ。そう簡単には」

「知らぬのか。風聞きをなくしたあれが、風読みに吸い寄せられるように戻ってきていることを」

「何だって?」

「道具に引き寄せられるのか、それとも継承者に対してなのか、どちらであろうとかまわない。あれももはや不要な存在だが、もしやこの魔女と同じように、思わぬ作用を引き起こすのではないかな?」

「――っと、何すんのよ、痛いって言ってんでしょっ!」

 廊下の方から聞き違えぬ高い声がした。ティルドはどきりとし、ユファスもまた同様だった。逃げ切れなかったのか、それともやはり逃げようとなどせず、乗り込もうとしたのか。

「サーヌイ」

「は、はい」

「風読みを」

「は」

 青年神官は、天鵞絨の塊を恭しく司祭に差し出した。

「魔女を介抱したければしてもよい。蓮華の人形と一緒に役に立つことになりそうだ。何しろこの様子ならば」

 リグリスは薄く笑った。

「この()()()()()()兄弟は、おとなしく私の言うことを聞きそうだからな」

 〈風読みの冠〉を再び手にした業火の司祭は笑んだままでそう言い、兄弟のどちらもそれに反論することはできなかった。


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