表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風読みの冠  作者: 一枝 唯
第8話 対決 第1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

372/449

10 致し方ありません

 そんな「お願い」に「はい」と即答できる人間がサーヌイ・モンド以外にいるようなことがあれば、ティルドはヴェルフレストに剣を捧げてもいいと思った。

「阿呆かっ」

 彼の即答はそれである。当然だ。こればっかりはたいていの人間がティルドに同意するだろう。

「そのように拒絶されると、困ります。無闇に魂を神々のもとへ送るのは好みではないんです。必要に駆られれば仕方ありませんが」

「大した神官様だ。そうだったな、フィディアル神官を殺してるんだったな。カリ=スのことも燃やそうとしたし、俺なんか敵じゃないって訳だ」

「敵だなんて思ってませんよ」

 サーヌイは困惑したように言った。

「本当は、ご納得いくまでお話し合いたいのですが」

「ご免だね」

 またも少年は即答した。

「お前らの教義なんざ知るかと言ったことに変わりはない」

「残念です」

 やはり実に残念そうに、神官は言う。

「では致し方ありませんが、あなたの意志に反してということで」

 サーヌイは胸に下げている聖印に衣装の上から触れた。

 すわ何か術が飛んでくるか――と少年は、武器も防具もない状態でできる最良の戦闘体勢を取った。しかし、火だろうが風だろうが、彼を襲うものは訪れない。

 ティルドの警戒に気づいたサーヌイは首を振った。

「単に命を奪うだけならいつでもできるんです。説得が功を奏さなかったのは残念ですが、だからと言っていますぐオブローンの御許へとは申しません」

 物事には順番があります、などと神官は言った。ティルドは乾いた笑いを見せる。

 順番。

 初めはメギル。次にアロダ。セイ(・・)。ラタン。そしてサーヌイ(・・・・)? それから?

「次は、そんじゃリグリスにでも引き合わせてくれんのか?」

 鼻を鳴らして言えば、サーヌイは考えるようにした。

「リグリス様があなたにお会いになる理由が何かありますか?」

「てめえらの理屈なんか知るかよ」

「ではお教えします」

 サーヌイは教え諭すように言った。

「あなたは風読みの継承者です。王位で言えば王子殿下の位置ということに」

「嫌な位置だな」

 ついヴェルフレストを連想したティルドは実に嫌そうに言った。

「王位継承者に万一のことがあればどうですか? 現実には第二、第三、と王位継承者が列を為しますが、それはさておきましょう。王がいないというのもおかしなたとえではありますが、王家の血を引く人間が全て死したと思ってください」

 神官は物騒なことを言った。

「そうなれば王家などなくなります。けれど、そこに支配者のない町は残りますね。そのままであれば町は混沌状態となりますでしょうが、自然と次の王は出てくるものです。民に選ばれて。或いは、力でのし上がって」

「それをやろうって訳か」

 ティルドは唇を歪めた。

「俺を殺して、無理矢理、次の継承者になってやろうと」

「乱暴な言い方をすればそうなります」

 サーヌイは少し肩をすくめた。丁重な言い方をしたところで同じだろうが、とティルドは思った。

「それを狙ってるのはリグリスじゃないのか。お前は、司祭()の裏をかいてやろうとでも? 意外な野心家なんだな」

「とんでもない」

 サーヌイは――ティルドの暴言の――許しを神に乞うた。

「私は、実験台なんですよ」

「何?」

 思いがけない言葉にティルドは目をしばたたいた。

「リグリス様と私は同質の力を持ちます。光栄なことです。ですから、まず(・・)私で試すのです。それから(・・・・)、リグリス様」

 もしラタンがこの場にいれば、銀髪の神官はぞっとしただろう。ラタンがほのめかしたことをサーヌイは判らなかったのではない。判った上で、受け入れているのだ。

 この若き神官には、迷いがない。

 迷うのは、起きたこと、やろうとすることが本当にオブローンとリグリスのためになるのかどうか、それがはっきりしないときだけだ。

 「実験台」の意味は掴みきれなかったものの、ティルドにはそれが判った。

 サーヌイはティルドを殺すことを躊躇わないだろう。

 彼だけではない。ほかの継承者たち。ヴェルフレスト。リエス。ユファス。

 ティルドは冷たいものが流れ落ちるのを感じた。

「何のためだ」

 少年は声を出した。

「どうして、風の力なんかがほしい。火を強くするからとか、そんなこと訊きたいんじゃねえぞ。ああそうだ、訊くとこ間違った」

 ティルドはいまひとつ迫力のない台詞を吐くと、きっとサーヌイを睨んだ。

「強くして、それでどうするんだ? 何がしたいんだ? ビナレス全土の支配とか、馬鹿みたいなこと言うんじゃないだろうな?」

「支配」

 サーヌイはきょとんとした。

「そんなことをしてどうするんです?」

「……俺が訊いてるんだが」

 ティルドは力が抜けそうになったが、どうにか堪えた。まさかこの天真爛漫(・・・・)ぶりが演技だとは思わないが――そうであったら、一流の芝居師(トラント)だ――純真だということは安全だということでは、ない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ