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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第7話 契約 第4章

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10 何もおかしくない

 暑い土地の生まれでなければ、中心部(クェンナル)付近の冬はそれなり(・・・・)だ。

 寒いことは寒いが、大仰に言い立てるほどでもない。まして〈冬至祭(フィロンド)〉は過ぎた。あとは暖かくなっていくだけである。

 (ケルク)での疾走は風を切ることになるけれど、この獣の背に乗ることにだいぶ慣れてきたリエスは、カリ=スに抱えてもらわずとも、そのうしろにぴったり張り付くことができるようになっていた――即ち、それでも落ちる心配はないとカリ=スが判断をした――から、大きな男の身体が冷風を遮る。快適な旅路とは言えないけれど、いくらかは楽だ。

「調子はどうだ」

 時折、カリ=スには必要ないであろう休憩を挟みながら、彼は必ずリエスに問うた。

「大丈夫みたい。あの耳鳴りみたいの、耳飾りのせいだったのね、きっと。カリ=スが壊してくれたんでしょ。ありがとね」

「礼を言われることになるか、まだ判らぬ」

 砂漠の男は首を振った。

「あれはお前に属するものだった。あのときは躊躇いなどなかったが、いまにして思えば、お前に悪影響を与えることになるかもしれぬと考えるべきだった」

「あのとき」

 思い出すようにリエスは言った。

「ティルドの声がしたの」

 言いながらもリエスは、認めたくないというように顔をしかめた。

「あれが風聞きの力でも何でも、いまはよく判らないんだけど。聞こえないし」

「壊したためか」

「かもね。よく判んないわ。ただ、気持ち悪いのが治ったことも事実ね」

 少女はあっけらかんとしたものだ。

「可愛い耳飾りだったとは思うけど、あたしにとってはそれ以上のもんじゃないのよ。もしカリ=スが躊躇って、あたしが耳飾りごとあのラタンの手に渡ってたら、いまごろ何されてるか判んないわ。そっちの方が問題」

「ヒサラがそうはさせなかっただろう」

「ああ、さっきのお兄さん。なかなかいい男よね。傷跡は目立つけど、前髪伸ばして隠しちゃえばさ、愁いを秘めた美青年って感じになるわ、きっと。ね?」

 同意を求められても困るというもので、カリ=スは苦笑するにとどめた。

「あのお兄さんの薬は飲んでもいい訳」

「飲んだ方がよいだろう」

「でもほんと? ほら、アロダさんのこと。面白いおじさんだったのに。あいつらの仲間には見えなかったのになあ」

「あれが演技であれば大した役者(トラント)だが」

「何でカリ=スは、あの人が怪しいって思った訳?」

「判らぬ」

 砂漠の男の返答は短かった。その先に何か続くかとリエスは少し待ったが、続かないようだと気づくと頬を膨らませた。

「『判らぬ』で終わらせないでよ、『判らぬ』で。どこかおかしなとこがあったの? いつから疑ってた?」

「おかしなところは、特になかった」

 カリ=スは答えた。

「重要なことは口にしなかったが、それをローデン閣下のご指示であるように感じさせた。実際、ご指示であったのやもしれぬ。意味のないことをよく喋ったが、それも何かを隠すためと言うよりは生来なのだろう。ラタンに感じ取ったような不吉なものも覚えなかった」

「だから、それなら何で、あの人の薬を飲まないように言ったのよ」

 それを訊きたいの、とリエスは言った。

「『判らぬ』はなしよ」

「なしか」

 カリ=スは笑った。

「もっとも気に入らなかった点は、あのときも言ったが、お前の症状も知らぬのに薬など作れるのかというところだった。魔術師(リート)には見て取れるものがあるのかもしれぬが、私の知る限りでは、どんな薬師(クラックス)も症状に併せて薬を作り、患者に渡す。以前に服用している薬があれば、それとの作用も考える。万病に効く薬などはないのだし、症状は似通っても人それぞれだ。賢く正しい薬師であればあるだけ、薬作りには慎重になる」

「ふうん」

 リエスは判るような判らないような気分だった。

「誰か、薬師のお友達でもいるの?」

「友人だというのではないが、ひとり、恩人がいる。ああ、かの老人には薬師(クラックス)ではなく薬草師(クラトリア)だと訂正されたな」

「同じじゃない?」

「薬師は医者の親戚で、薬草師は学者の親戚だそうだ」

「ふうん」

 リエスは砂漠の男をじろじろと見た。

「カリ=スが薬を必要とする状況ってのがよく判んないわね。あ、自分のじゃなくて誰かのだ」

そうだ(アレイス)。我が部族に蔓延った病のために薬を必要とした。私が暮らしていた土地はここと習慣が異なり、(ラル)というようなものもなかったから」

「お金がない?……いったい、どんな奥地が出身な訳」

大砂漠(ロン・ディバルン)と言われる場所だ」

「ロン・ディバルン!?」

 嘘でしょ、と返しそうになったが、カリ=スがそんな嘘をつく人間でないことは承知である。

「東国、じゃなくて。更にその、東」

そうなる(アレイス)

 出身を話して驚かれることには慣れていたから、カリ=スはただうなずいた。

「こことは文化も習慣も異なる。私は知らぬ土地で戸惑い、そこでカトライ様にお会いした」

「エディスンの王陛下ね」

「彼は外交のために東の町を訪れていた。そこで途方に暮れる私に手をさしのべ、薬師、いや、その薬草師を見つけることを手伝ってくださった。通貨の存在を知らぬ私を哀れんでくださったか……いや」

 カリ=スは微かに笑った。

「いまならば判る。彼はヴェルの父君だ。面白がって(・・・・・)くださったのだな」

「王様が、薬を買ってくれたの?」

「そのようなことだ。私は必ず恩を返すと彼に誓い、部族へ薬を届けたあとは砂漠を離れ、誓いを果たすためにエディスンへ向かった。そして彼の命じるままにヴェルと旅をし、いま、ここにいる」

「ふうん」

 リエスは言ったが、これまでの「判らない」というような反応と異なり、その目は少し輝いていた。

「じゃあ王子様とだけじゃなくて、王様とも仲いいんだ?」

「カトライ様は、私のことをご記憶されていらっしゃらないようだった」

 カリ=スは笑って否定した。

「さもあろう。彼は日々多くの人々と出会い、多くの言葉を交わす」

「訊いてみたの? 覚えてるかもしれないじゃない」

「一兵士が王陛下と言葉を交わすことはない、リエス」

「なら」

 リエスは笑った。

「やっぱり、覚えてるかもね」

「どちらでもよいのだ」

 砂漠の男は言った。

「私と民が覚えている。それだけでよい」

「へええ」

 少女は感心したような声を出す。

「何だかすてきねえ……ロマンだわ」

 少女のロマンは砂漠の男にはよく判らなかったが、彼は敢えて口を挟まなかった。

「ところでリエス。心は、変わらぬのか」

「えっ、何? ああ……まあね」

 うっとりとしてた少女はその夢見がちな表情をやめて、唇を歪めた。

「だって、心配だもの。ティルドとユファス。アロダさんに見事に騙されちゃってさ」

さん(セル)と言うのだな」

「え? ああ、うん。だってそんな感じしない? あの人、悪いことやっててもあの調子でにこにこしてるわ、きっと。……それって憎たらしいってことかしら」

「そうだな」

「『憎たらしい』が?」

「『悪いことやっててもあの調子』がだ。彼には彼の信義があるのだろう。ならば認めるというものでもないが、相容れぬ道に恨みをぶつけるのは筋違いというものだ」

「うん。そう、それ。さすがカリ=ス。いいこと言うわ。……でもひとつ、いい?」

 リエスが言うと、何だというようにカリ=スは片眉を上げた。

「もし、騙されてヴェルが怪我でもさせられてたら、そんなふうに冷静じゃないでしょ?」

「冷静とは行かぬだろうが、騙され、ヴェルを守れなかったとしたらそれは私の失態で、やはり誰かを恨み罵ることではない」

「何だかカリ=スって」

 リエスは眉をひそめる。

神官(アスファ)みたい。ううん、それより」

 少女は悪戯っぽく笑った。

神様(・・)みたい」

 超然としてるわ、とリエスは続けた。

「悩みごととか、ないでしょ」

「なければよいが、いくらかはある」

「でも答えを見つけるわ。いいなあ、私にもその能力分けて」

「分けられるものならば」

 砂漠の男は真面目に答えた。

「では、リエス。お前は何を悩む」

「えっ?」

「そう言うからには、悩みがあるのだろう」

「別に……ないけど」

「ティルドのことか」

「なっ……何よそれ」

 リエスは目をぱちぱちとさせた。

「何か誤解があるんじゃないでしょうね」

「誤解とは何だ」

 カリ=スは肩をすくめた。リエスは奇妙な唸り声のようなものを発する。

「ティルドのことは確かに気になるわ。でもそれ自体が変なの」

 リエスの言葉にカリ=スは首を傾げた。

「何故、変だ。誰かに惹かれることは何もおかしくない」

「でもさあ、あたし、ティルドのこと変態って思ったのよ」

 リエスが思い出すようにしながら言うと、カリ=スは目をしばたたいた。

「だっていきなり街なかで人の腕掴んできたのよ。その次は、こっちが抵抗できないのをいいことに抱きかかえて」

 それはたいそう語弊のある言い方であったが、リエスとしては正直に語っているつもりだった。


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