06 ならそこに行ってみろよ
じろり、と睨まれて少年は怯みかけたが、そんな様子は見せてなるかとばかりにその場にとどまった。
制服は夕刻には洗濯屋から上がってきたが、盗賊と接触を図るにに相応しい格好ではない。そう思ったティルドは変わらぬ衣服のままで、日暮れ刻に店を開いた〈朱い山頂〉亭を訪れ、情報屋に言われた通りに主人に話をしたのだ。
「ご主人、あんたに訊けばいいと言われた。俺は騙されたのかな?」
「誰に訊いた」
「――黒鳩、と言ってた」
「ああ」
厳つい顔の主人は諦めたように嘆息した。
「あんの馬鹿情報屋。こんなガキにまでそんなネタを売りやがって」
「ガキで悪かったな。で、教えてくれるのかくれないのか、どっちだよ」
「生憎だがな、梟が姿を現すのは夜半近くだ。お子様はお休みの時間だよ」
「馬鹿にすんなよな。俺は」
お子様と言われたことにもだが、「梟は夜の鳥だ」などと言われてあしらわれたような気持ちになったティルドは声を荒らげかけた。主人は片手を上げてそれを制する。
「そうじゃない、本当だ。梟と呼ばれる男はここの常連だが、こんな時間帯はそれこそお休み中でね。何を訊きたいんだか知らないが、またあとでくるんだな。それとも、いまから数刻、酒を飲んで待つかね?」
「お子様なんでね、そんなに飲んでたら寝ちまうよ」
ティルドは口の端を上げて言った。すると主人は笑う。
「悪かったな、うちの店にはお前さんみたいな若くて小ぎれいなのは滅多にこないんで、ついからかっちまった。誰かを捜してるのか? 夜まで待たなくても、協力してやれるかもしれんぞ?」
ティルドは少し躊躇い、だが意を決した。
「ハレサ、って男を知ってる?」
「何だって? ハレサだと? もちろん知ってるさ、あいつは有名だ」
「有名」
ティルドは嫌そうに繰り返した。「有名な盗賊」などは、「性質の悪い相手」と同義語だ。
「あいつの居所を知りたいのか。ここにもたまにくるが、常連ってほどじゃない。しかも最近はとんと顔を出さん。娘っ子の面倒を見るようになってからは、もうちょっと品のいい店に行くようになったんじゃないかね」
「娘?」
少年の脳裏に蘇ったのはもちろん少女盗賊アーリだった。
「そうは言っても、親子関係って訳じゃもちろん、ない。子供に自分と同じ道を歩ませたい盗賊なんてのもそうはおらんからな」
「だろうね」
ティルドは同意した。戦士になろうと夢見る子供はいても、盗賊になろうと心を弾ませる子供というのはあまりいない。彼らは最初から望んでそうなったのではないのだ。
ティルド自身、兄がいなければ親を失った時点でどうなったか判らない。引き取られる親戚がなければ、飢えのために食べ物を盗むような生活をしていたかもしれないと思ったこともある。もっとも、満足に食べさせてもらっていたとも言いがたいので、感謝の気持ちは最低限のものになったが。
「それで、どうしてハレサを知っている? 会ったのか?」
「昨日、会った」
「どこで」
「どっかの酒場さ」
「ならそこに行ってみろよ、坊ず」
主人は呆れたように言った。
「お前さんがあいつに会いたいような理由があるなら、向こうもそれを知ってるだろ。お前さんが実は町憲兵であいつを捕らえたいってんなら別だが、そうでもなけりゃそうそうに雲隠れはせんだろうよ」
ティルドは目をぱちくりとさせた。言われてみればその通りだ。
何故そんな単純なことを思いつかなかったのだろうか、と考え――自分が向こうを避けようとしていたからだ、と思い至る。
ハレサの方は、ティルドの協力を欲しがっているのだ。
ならば、ティルドが唯一知る場所――昨日、アーリが彼を連れていった酒場〈青い竜〉亭にいるというのは、実にありそうな話であった。
「ありがと、セラス」
そう言うとティルドはぱっと踵を返した。
「梟は、いいのか?」
「必要になったら、またくるよ!」
少年は振り返りもせずにそう言うと、暗くなり始めた街路に飛びだした。
 




