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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第7話 契約 第3章

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02 考えるまでもない

「おお、鋭い」

「近い」

「近い?」

 ティルドは眉をひそめた。「近い」は「違う」ということでもある。ハレサが説明をしようと口を開くと、シーヴが片手を上げた。

「そんなとこだ」

「……何だよ。俺には教えらんないってのか」

そうだ(アレイス)、少年」

 ティルドは反射的にむっとしたが、もしかしたらティルドに言いたくないというより、見張り(・・・)に報せたくないことなのかもしれないと気づいて、反論を飲み込んだ。

「何を話そうか」

 シーヴの制止がどこまで(・・・・)なのか把握しているように、ハレサが話し出した。

「お前さんの『獲物』たる例の冠や耳飾り、あれらを欲しがったのはタニアレスより奴らだった可能性がある。この場合、商人は仲介者だ。盗品の行方を混乱させ、失われたと誤解させる」

 盗賊は唸った。

「それだけじゃ済まない。奴らはな、例の魔術師にポージルの殺害を依頼してたんだ。ポージルは何度か、奴らのからくりを見破ったことがあるらしくてな」

 惜しい男を亡くしたよ、と盗賊の半長は言った。ティルドはよく判らない。台詞の後半もだが、前半もである。

「奴ら? 殺害を依頼、だって?」

 何とも物騒な話だ。そう思ったティルドはただ、そう言った。聞いたハレサは肩をすくめる。

「おいおい、判ってるのか、少年よ。お前さんの追いかけてるのはその物騒な暗殺集団だってことだぞ」

「はあっ!?」

 ティルドは目をしばたたいた。

「暗殺集団?」

「依頼を受けて他人を殺す。世の中にゃその手のとんでもない(イネファ)もいるが、集団となると厄介でなあ。まあ、できれば俺は関わりたくないよ」

「殺し屋」

 ティルドはどこか呆然と言った。

 彼はもちろん、獄界神の神官などが聖なる心を持っているとは思っていない。自分たちの欲望を優先し、そのために他者を押しのけても自分と自分の神様のためになることをする、場合によっては人殺しも躊躇わない奴らだということは判っていたが、それは彼らの神のため、信仰のためと解釈していた。

 依頼を受けて、つまり、金を目的に、たとえば彼らの神に逆らった訳でもない他人を殺すというのは、いままで思っていたのとまた異なる側面だった。

「……でもまあ、獄界神官なんだもんな」

 他者を神のために殺すも、金のために殺すも、結局は自分のためだ。

 哲学的に言えば、八大神殿の神官たちも、信仰を深くし信者のために行動するは、自分のためという言い方もできる。

 だが、自分の信仰を深くするために他者のために身を粉にするのと、欲望に信仰の仮面をかぶせて神に祈りを捧げるのと、どちらが悪徳かなどは考えるまでもない。

 獄界のであろうと何であろうと、神の名のもとに人を殺し、代金を受け取る。いっそ、神など関わらぬただの――たとえば、ナイフ使いの暗殺者などの方がよっぽど善良(・・)な気さえした。

「あの魔術師が、獲物をタニアレスのもとへ持っていっていれば、奴らはもっと台頭したか、手酷く失敗したか」

「〈起きなかったことを悔やむは迷宮の入り口〉と言うな。いまあんたに悩み込まれちゃ困るんだが、ハレサ」

 シーヴがにやりと言えば盗賊はうなずく。

「確認だったな。手はずは万全だ」

 ハレサは咳払いするとふたりを見た。

「大丈夫なのか?」

「巧くやる。しくじっても、あんたに情報は渡るだろう。安心しな」

「〈損得は協力で得られるもの〉、期待してるぜ、東の」

 そう言うと盗賊はきれいに片目をつむって、ティルドに笑いかけた。

北の(・・)にもな。あとで話を聞かせてもらうぞ」

 ティルドは曖昧な笑顔を浮かべた。ハレサが言うのはこの件の成否のみならず、冠と少女の仇を追う旅の報告も含まれているようだったからだ。

 まだ報告できるような結果はないどころか、奴らに使われているのだと知れば盗賊は呆れるか、もしかしたら――よい案でも出してはくれないだろうか?

(……駄目だよな。どんな巧い案をくれても、サーヌイの野郎が見張って、と)

(そう言や、顔見ないな)

 見たい顔ではないが、気になることもある。

(何してんだろ。まさかお目こぼしいただてるとは思わねえけどさ)

 シーヴの話に乗るべきだとかべきではないとか、ご指南(・・・)がありそうなものではあった。だが砂漠の青年と出会ってからこっち、彼はひとりになっていない。そのためだろうか。

 それとも、ほかに何か理由があるのだろうか?

「あとは任せろ。一網打尽だ」

「頼むぜ」

 シーヴはにやりとすると、ティルドを振り向いた。

「よし、行こう」

「どこに」

「それはだな」

 にやりとしてシーヴは言った。

「これから行くところは、金のある人間じゃないと入れない、気取った店だ。俺は、その話を聞きつけてわざわざ足を運んだ物好きな若様って訳だ。もちろん、身分は隠している」

 そう言うと何が可笑しいのか、シーヴは笑った。

「実を言うと三度目になる。言ったように最終段階で、取引は最高潮。物好きな若様は不思議な品を手に入れてご満悦、向こうは向こうで上手く売り払えてご満悦、物事は万事順調」

「……意味が判らないぜ」

「判らなくていい」

 サーヌイに聞かせたくないためか、それとも、やっぱりティルドを馬鹿にしているのだろうか。少年が少し悩む間、シーヴはあらためて彼を見た。

「お前はよく日に焼けてるようだ。東国で見りゃ一発で西の人間だと判るが、この辺の連中には東国の者だと言って通るだろう。だから、ただ黙って立ってりゃいい。この先も喋るのは俺がやる。但し」

 砂漠の青年は肩をすくめた。

「俺が何を言い出しても、笑うなよ」


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