12 詐称しようってのか
「俺は知らん。だが俺の友人が知ってる。まいったな」
男は困ったように言うが、それはティルドの台詞である。いったい、何を知るのか。
「ティルド、こうなったら折衷案と行こう」
「はあっ!?」
意味が判らず、ティルドはまた叫んだ。
「何言ってんだよ」
「協力をしてやる。うまくすればお前さんの抱えてる問題はひとつ、解決する」
若者は指を立て、ティルドは胡乱そうな目つきでそれを見る。
「何だ。問題解決に協力するって言ってるってのに。もっと喜んだらどうなんだ」
「俺は、協力しますと言われて、ではお願いしますと素直に乗って、あとで手酷く騙されてたことに気づくなんてのはお断りなんだよ」
少年はそう返答した。
「無条件での親切面なんて、信頼しない」
「つらい過去を負ってきたようだな」
若者は肩をすくめた。少年の脳裏にあったのは、呑気に彼らを守ると言った太めの魔術師のことだったが、「つらい過去」などと言われるのは――若者の言葉は冗談半分のようだったが――気に入らなかった。
「あんたの協力で俺が恩恵を受けるとしても。俺の協力であんたが恩恵を受けなくちゃ、おかしい」
「道理だな。〈損得の勘定〉は合うべきだ」
若者はにやりとした。
「だが、世の中には損得や自分の利益より他人のために動いちまう馬鹿もいる。俺はそういう馬鹿がけっこう、好きでね」
「はあ?」
ティルドは眉をひそめた。意味が判らない。
「お前のためじゃない。俺のためでもない。お前と兄貴を心配する、とある人間のためだとでも言っておこうか」
「誰だよ」
「それは秘密だ」
「あのなっ」
「だから折衷案だと言ってる」
男はにやりとした。
「お前は首飾りを追う。俺は俺で商人を追い、まあ、ちょっとしたあたりをつけた」
「あたり?」
「そう。実は、計画は最終段階だ。最後の確認をしようというところでお前さんを見つけた訳だが」
ティルドは、この男に捕まった花街を思い出した。
「あんな場所で、何の計画だよ」
「……おかしな誤解をしていないだろうな」
「別に俺はどうでもいいけど」
そう言って、彼はここへの道中をふと思い出した。
「俺かと思ったんだけど、あんただったんじゃないのか」
「何がだ」
男が首を傾げると、ティルドはにやりとして続けた。
「あの通りにいた春女の、百合の香りをさせてたのは」
そう言うと若者はげんなりとした。
「頼むからやめてくれ。その花は験が悪い」
「香水の匂いが移るくらいあの手の女と接触しておいて、何の最終段階だ」
「女と戯れてた訳じゃない」
若者は天を仰いでから、続けた。
「言っておくが、あの百合の香りのけばけばしい女なら、春女じゃないぞ」
「それ以外のもんには見えなかったぜ」
ティルドは唇を歪めたが、男は嘆息する。
「もっと性質の悪いもんさ。身体を寄せられて鼻の下を伸ばしてりゃ、いつの間にか財布が消えてるって寸法」
「は?」
「盗賊だよ。お前の財布は無事だったようだがな」
「……金がないって言ったからかな」
思わずティルドは納得した。
「俺の追う商人は、まあ、盗みを働くってんじゃないが、裏の世界と関わりがあると踏んでる。俺はこの街の夜長と接触したかったんだ」
「ドラ……何?」
「夜の長。盗賊組織にはそのトップとは別に、昼と夜のお仕事を仕切る頭がいるらしい。半長とも言うとか。そう簡単に会えるとは思ってなかったが、噂でも聞ければと思ってな」
「聞けたのか?」
「それどころか、会えた」
青年は肩をすくめた。
「お話をさせていただいたよ。俺が追ってきた話と繋がった。打つべき手は打ったし、こうなりゃあとは行動だというところ」
男はにやりとしたが、ティルドとしてはあまり関係のない話のような気もする。少年はただ、ふうん、と言った。
「折衷案だと言ったろ」
気のなさそうな様子を感じ取ったか、男は三度そう言った。
「いい案があるんだよ」
「へえ、いい案」
ティルドは思い切り不審そうに繰り返した。男は苦笑する。
「自分とは関係がないと思ってるな? それじゃ言ってやろう。巧くやれば」
彼はにやりとした。
「ご所望の〈風謡いの首飾り〉が手に入るぞ」
「はあっ!?」
ティルドは大声を出す。若者はにやついたままだ。
「どういう、意味だよっ?」
「これ以上の話が聞きたければ、俺の案に乗る気があるかどうかだ」
「何も話さねえでそれは、ずるいんじゃないか」
「そうか? それじゃ、もうひとつ」
男は肩をすくめた。
「商人どもは、商人だからな。商品があれば、売り先を探す。判るか?」
「まさか、そいつらが首飾りを持ってて、売ろうとしてるってのか?」
「そうだ」
「騙されねえぞっ」
少年は叫んだ。
「首飾りは、どっかの魔術師が持ってるって」
「商人の仲間に魔術師がいるかもしれないじゃないか?」
相手は平然と言った。
「俺は商人が目的で、お前は首飾りが目的。俺の協力がお前の目的達成を円滑にする。どうだ?」
「だから、あんたの目的達成は、俺の協力でどう円滑になるんだよ」
少年が返すと、男は笑った。
「成程。誰かのため、じゃ納得しない訳だ」
「あんたはそんなにお人好しには見えないからね」
言ってやると、若者は笑った。
「本当のところを言えば、俺はひとりでやるつもりだった。だが、もうひとりいれば箔がつくんだ。相棒に頼めりゃ最上だったが、いまどこにいるか判らんのでな」
「何をやらせようってんだ」
「大したことじゃない」
若者は肩をすくめた。
「誰かさんの兵をやってるんなら、うまいこと演れるだろう。身分ある人間の、従者とかってのはどうだ」
「はあ?」
ティルドは眉をひそめる。
「そうだな、王子殿下とか」
「はあっ!?」
ティルドにとって王子殿下と言えば思い出されるのはヴェルフレストだ。嫌な顔を思い出して少年は声を上げ、若者がヴェルフレストの話をしているのではないと気づくのに少しかかった。
「おい」
「何だ」
「あんたまさか」
「うん?」
「どっかの王子を詐称しようってのか!」
「声が大きいぞ」
若者はにやりとして――肯定の一種だ――平然と言った。
「奴らが売りたいのは、なかなか高価な装飾品だ。そんじょそこらの旅人には見せないだろう」
「俺は」
ティルドはじろじろと相手を見た。
「犯罪者の片棒は担ぎたくないんだが」
「詐称するのは俺だ。かまわんだろ」
あらためてティルドは黒い肌の若者を見つめた。異国の雰囲気を漂わせる黒い肌だけでなく、にやにや笑いを納めて真面目な顔をすれば、確かに――それこそ――貴族の若様と言っても通りそうだ。もっとも、ヴェルフレストもこういった類の嫌な笑いは見せるから、そういう点では「それっぽい」のかもしれない。
「俺についてくれば、少なくとも手がかりは得られることを保証する。どうだ?」
若者は指を一本立てて言い、ティルドはその指先を見つめて考えた。
〈風謡いの首飾り〉を手にすることは、目的だ。
ならばここは、否と言うべきところではない。
たとえ、男が彼を騙そうとしているのだとしても、それを見極められるまでは――。
「乗る」
「よし」
青年は、ぱん、と手を叩いた。
「決まりだ」
いったい何をどうする気だろうか、と思いつつ、ティルドは相手を見た。
「〈決断は逃すな〉、それじゃ早速」
「ちょっと待てよ」
ティルドは、立ち上がろうとする男をとどめた。
「何だ」
「俺さ」
ティルドはふと気づいたことを口にした。
「あんたの名前、まだ聞いてないぜ」
「そうだったか?」
青年は片眉を上げた。
「シーヴだ」
東国の青年は短く名乗った。
「では、行こう。我が兵よ」
ヴェルフレストの言葉を踏襲されてティルドは嫌な顔をしたが、シーヴは知らぬ顔をしたまま、砂風を知る手で戸口を指差した。




