07 語り合ってみたいものです
「『面白い』のか?」
カリ=スはヴェルフレストが言い出しそうなことを言った。ヒサラは、自分が非難されたのだろうかと考えるように砂漠の男を見たあと、誤解があるようです、と言った。
「責めたのではない」
「判っています。あなたは稀なるお人だ」
これまた取りようによってはかなりの皮肉だった――相当の変人、外れものと表する代わりとも取れる――が、魔術師の目に揶揄はなかった。
「それ故、魔術師以外には理解され難いお話を申し上げましょうか」
と言ったところで、気軽な調子からは、たとえば魔術師たちの間の重要な秘密などが語られるのではなさそうだった。
「アロダ術師は協会長とローデン公爵を謀るという大胆かつ見事な行為を成功させました」
「見事、か」
「そうです。われわれの理においては、彼は恨まれる対象でもなければ、追って罰する対象でもないのですよ」
カリ=スはその言葉を少し考えてから口を開いた。
「ローデン閣下も同じようにお考えと?」
「少なくとも、一魔術師としては。もっともあの方は『一魔術師』にすぎないとして意見を述べ、実行することなどできないでしょうけれど」
つまりはローデンならば、一魔術師としてよりも公爵として、王の臣下としてアロダを処分することは有り得る、という意味になった。
「それでも閣下は、積極的にそうされようとは思われないでしょう。もちろん、魔術師同士の情や仲間意識などではない。これは」
「魔術師たちの理、か」
「そうです」
心から納得したとは言えなくても、少なくともカリ=スが声高に反論しなかったことについて、ヒサラはまた感謝をした。
「ローデン閣下も私も、アロダ術師にしてやられたとは思いますが、憎しみや憤りはないのですよ」
ティルド少年であれば猛烈に抗議をするところであろうが、砂漠の男は小さくうなずくだけだ。彼もまた、アロダに恨みはない。信頼し切れぬものを覚えながら放置したのは自身の責任だと思うところがある。かと言って、悔しがって地団駄を踏む訳でもないのは〈砂漠の民〉の気質か。
「殿下がどちらにいらっしゃろうと、カリ=ス殿をエディスンへお送りするべきだとは思います。しかし、そうすればリエス殿がおひとりに。もはや風具はないとは言え」
ヒサラはすっと立ち上がると、かつて耳飾りであったものが散らばる場所に向かい、破片をすくい上げた。
「風具と風司、どちらが先か」
魔術師は呟いた。
「〈木々と種〉か」
カリ=スは〈木々が種を落とすのか、種が木々に育つのか〉という言い回しを用いた。魔術師はうなずく。
「風具が司に力を与えるならば、彼女はもはや司たることはない。しかし道具などはやはり道具、象徴、契機にすぎねば」
「風具の有無に関わらず、彼らは、司たる」
「ええ、彼らは」
ヒサラは繰り返した。
「ムール兄弟のことは危惧されますが、少なくともいまは、彼らの身に心配はない」
「彼らに何があった」
「何って」
ヒサラは目をしばたたいてから、思い当たって苦笑した。
「あなたは、アロダ術師の裏切りを目にもしていなければ、具体的に聞いてもいないのでしたね」
そう言って魔術師は、アロダの「裏切り」について説明をした。
「彼が裏切ったという話がラタンや私の謀とは思われなかったのですか」
「ヒサラ」
砂漠の男は肩をすくめた。
「私には、目くらいあるのだ」
「それは、また」
ヒサラは少し笑んだ。
「エディスン兵士と元兵士の兄弟が身に詰まされそうなお言葉です」
魔術師の言葉は少し皮肉が混じったもののようであったが、同時に事実とも言えた。アロダに「してやられた」ティルドとユファスがいまの言葉を聞けば、自身の情けなさに肩を落とすだろう。
「彼らには、違うものを見る目がある」
カリ=スはしかし、淡々と続けた。
「リエスもお前も、私とは違うものを見ている」
「――あなたとは本当に、そのうち語り合ってみたいものです」
若い術師は静かに言った。
「ですが、やはりそれはまだあとのこと。問題は」
「リエスだな」
「もはや風具を巡る運命の輪から外れたとも考えられますが、判らない」
「外れたとしても、ここに置いていく訳にもゆかぬだろう」
砂漠の男はもっともなことを言った。ヒサラは目をしばたたき、苦笑する。
「助かります」
「何がだ」
「私は、彼女の関わりが消えたと思えば、彼女のこれからなどは全く考えずに置き去りにしたかもしれません。ですが、あまり好ましい対処とは思えませんね」
言われなければ気づきませんでした、などと魔術師は言った。
「魔術師とそうでない人間の間にできる垣根は、必ずしも迷妄のためではないということになります。多くの術師は気にしませんが」
「お前は気にするのだな」
少し面白そうにカリ=スは言った。
「いささか特殊な教育を受けましたので」
神官の道から魔術師に転向した若者は言った。
「では、その話もいずれ聞かせてもらおう」
そう言うとカリ=スはリエスを抱え上げた。
「彼女を休ませたい。目を覚ませば、望みを聞こう」
「望みですか? 彼女の希望に添おうと?」
「でき得るならば」
砂漠の男はわずかに嘆息した。
「お前の話が真実ならば、この娘……身体も心もどちらも含め、この件に巻き込まれた以外の何ものでもない。継承者の定めにあったのは、彼女ではないのだろう」
「この娘が『アーリ』であるか『リエス』であるかにも寄りますが」
「リエスだ」
カリ=スは言った。
「たとえアーリという娘の魂を持ったとしても、この娘はリエスだ」
「そうかもしれませんね」
ヒサラは同意した。
「殺されるために作り出されて利用されている。気の毒な存在です。カリ=ス殿」
魔術師の呼びかけに砂漠の男は視線を合わせた。
「ではあなたは、リエス殿を置いていく気はありませんね」
瞬時、カリ=スの瞳に――珍しくも――逡巡が走った。
「私はカトライ様に仕え、ヴェルを守る。これはその一環だと思っているが、お前の問いがカトライ様とヴェルのためにいち早くエディスンへ戻るか、それともこの娘を守るかという問いならば、私はすぐには答えられないようだ」
「では、もう少し考えてください」
ヒサラはそう返した。
「答えや、上手な解決法が思い浮かびましたら、いつでも私をお呼びください。すぐに参上いたします。但し」
「『仕事』次第で」
「そうです」
淡々としたカリ=スの言葉にヒサラは笑って答えた。
「では、失礼を」
「ヒサラ」
礼をした魔術師を男は呼びとめた。ヒサラは片眉を上げる。
「ヴェルを頼む」
「――お任せを」
彼自身が守るべきと考えるヴェルフレストの安全を託すというのは、カリ=スの信頼を意味する。それに気づいたヒサラは、冗談か本気か皮肉か、神に誓う仕草をしてその黒ローブ姿を揺らめかせた。




