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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第7話 契約 第2章

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04 どうしてるかな

 何だか懐かしい感じがした。

 レギスの町はこれまでの二回と同じように、歓迎も拒絶もしないで少年を迎え入れた。

 知っている場所を見るとほっとする。ティルドはふと、そんなふうに感じている自分に気づいた。

 初めての新しい場所を見て回るのは心躍る冒険であったはずなのに、いまや探検心めいたものは彼から去っているようだった。

 それも当然なのだろう。最初にレギスを訪れたあの日から、彼の旅路は波瀾に満ちている。

 〈風読みの冠〉の焼失疑惑、そして魔術師による盗難の発覚、アーリとの旅、アーレイドでのつらい記憶、ユファスとともにレギスへのとんぼ返りとフラスへの道行き、リエスとの出会い、サーヌイの騙り、ピラータでのリエスおよびヴェルフレストとの再会、ラタンとの戦い、彼は冠の継承者と言われ、兄は腕輪の風司となったと言われ、そしてアロダの裏切りに――虜とされたユファス。

 思い返せば目眩がしそうだ。

 だが目を回して地面にへたり込んでいる場合では、ない。首飾りを追い、それを手にして、兄の返還を断固要求する。

 それしかない。

(見張られてさえいなきゃ、コルストに乗り込んで戦ったっていいのに)

 無茶な考えではある。彼が凄腕の剣士だったところで、最低でもふたりの魔術師とふたりの神官が敵対するのだ。潜入も困難だろうし、同時に術を振るわれたらどうしようもないだろう。

 どこかではちゃんとそうしたことが判っていながら、それでも現状が気に入らなくて、彼はそんなことも思った。見張られてさえいなければ。

 隣にいなくてもサーヌイが彼の動向に――もしかしたら健康にも――気を配っていることは確実だ。

 以前はメギルがそうしていたのだろうか、と思ってしまった彼は呪いの言葉を吐き、いやそうではない、むしろアロダがそうしていたのだ、と思い至って追加の呪いを吐いた。

 メギルは、もしかしたらいま、ユファスのところにいるのか。

 金髪の女狐(メリナンローヅ)が兄にしなだれかかっている様子などが思い浮かんでしまった彼は、更に呪いの言葉を繰り返す。いかに魔力がなくてもよくありませんよ、などとアロダ辺りが言いそうであった。

 幾度か訪れたレギスは、少しだが慣れたもので、ティルドは何度か通った街路をすたすたと歩くと見覚えのある宿屋を見つけると部屋を取った。宿屋の人間は彼を覚えていて、お兄さんはどうしたんだい、と尋ねてきた。ティルドとしては唇を歪め、ちょっと別行動でね、などと答えるしかない。

 荷物を置いたら次にやることは決まっている。

 ただの旅であれば風呂(ウォルス)にでも行って酒場でひと休み、というところだが、そんな余裕はない。

 何か知りたいことがあったらどうするか。探る方法はいろいろあるだろうが、彼はこの町に知人がいる。――幸か不幸か。

 盗賊(ガーラ)のハレサと、情報屋(ラーター)のグラカと、どちらに先に行き合うものか、或いはどちらが先に少年の方を見つけるものか、それは何とも言えなかった。

 とりあえず、以前に教わって実行した方法をもう一度試す。〈朱い山頂〉亭で〈梟〉と言われる男にハレサとの仲介を頼む、というあれだ。

 そう考えてから少年は不安になった。

 思い返してみれば、以前にレギスを去ったのはひと月も前ではないけれど、そのとき彼は、ハレサに罵詈雑言を浴びせてここを出たのではなかったろうか。〈黒鳩〉と接触し、情報を聞き出したことに対する手数料を要求されて、腹を立てたのだ。

 あれはアーリの仇メギルを探すためだったから、アーリと親しかったハレサはもちろん進んで協力をしてくれていると思った。そこに、仕事に金を要求しない盗賊など信用できない、などと訳の判らないことを言ってきたものだから、少年は怒声とともにラル銀貨をかの盗賊に投げつけ、その足でレギスを離れたのだ。

 いまなら少し判るだろうか。

 ハレサは、少年を子供扱いしなかったから、料金を請求したのだ。

(あんま細かいことは気にしないおっさんじゃないかとは思うけど、少し顔を合わせづらいかな)

(それに)

(アーリの仇を討ったって報告でも、ないんだし)

 魔女を斬る機会は少年を繰り返し訪れたのに、いずれも彼はしくじった。最初はアーレイドで、そのとき(・・・・)に。二度目はこのレギスで。それからピラータでは二度も。

 少年に課せられた任務は〈風読みの冠〉を取り戻すことであるが、彼はアーリの仇を取るために魔女を追う。その結果として、たぶん、冠にも行き着く。彼はこれまで、そういう姿勢であった。

 それがいまでは、がらりと変わった。

 彼は首飾りを追う。兄を救うために。

 そして敵は、アロダ・スーラン。

 もちろん、いまでもメギルは敵だ。ラタンや、サーヌイも。名前しか聞いたことがないからぴんとこないが、リグリスという司祭も。

 だが、当面の標的はアロダであると感じる。

 親切面の裏に、業火の影を持っていた似非魔術師。いや、魔術師なのは本当だから、似非なのは彼らを守るなどと抜かした点においてだ。

 或いは、それともアロダは、あまり嘘をついていなかったのかもしれない。

 風具のために彼らを守り、見張ると言った。

 ローデンからの命令だというのも、嘘ではないはずだ。彼らは確かにアロダを通してローデンと話をした。魔術に理解の浅い彼らを(たばか)ったのだとは考えづらかった。

 アロダを通して話をした体験は、魔術師協会(リート・ディル)でほかの術師を通してしたそれと全く同じに思えたのだ。ローデンのちょっとした皮肉や励まし、あの宮廷魔術師が持つ雰囲気を再現してみせることなどできないだろう――と魔力のない少年が思うのはただの勘、或いは希望的観測にすぎないが、事実でもあった。

 「ティルドに相対するローデン」を知っているのはティルドだけであるので、アロダがそれを模倣することは難しい。幻惑して「話をした」と思い込ませることならできるが、その話の内容は幻惑された当人しか判らないことになり、兄弟やアロダの間で齟齬が生じるはずだ。

 ローデンのことを思った。彼はティルドの伝言をちゃんと受け取っただろうか。

 アロダが業火と関わっていたという忌々しい報告を宮廷魔術師が気にしないとは思えない。ティルド自身に連絡がないのは、サーヌイのせいだろうか。

 エディスン宮廷魔術師はあのような青年など簡単に打ち破れるほど強いと思う――ティルドの立場からすると「思いたい」――が、何か事情があるのかもしれない。単純に、ティルドがどこにいるのか判らないのかもしれない。彼の居所を把握することはアロダに任せていた、というのも有り得る話だ。

 実際にはローデンはティルドの居所をほぼ掴み、連絡を取ろうと試みていた。だが宮廷魔術師が推測した通り、アロダがティルドに心話を防ぐ術を施していたため、上手く働いていないのだ。

 そのような魔術師同士の遠い攻防を彼は知らない。

(ローデン様)

(どうしてるかな)

 あの笑顔の少ない魔術師を懐かしく思うことがあるとは思わなかった。ティルドに任務と〈星巡り〉を押しつけ、納得のいかないことばかりを言う公爵。腹を立てて連絡を絶とうとしたこともある。それでも、ローデンがエディスンに控えていてくれるのだと思うことは、いまでは安心感になっていた。

 そのまま彼はエディスンのこと――彼の所属している小隊の隊長レーンや、友人のカマリのことも思い出す。

(そろそろ〈風神祭(イルセンデル)〉に向けての警備訓練なんかもはじまってるのかな。それどころか、本格的になるくらいかもな)

(戻ってこない俺のこと、どう思ってるんだろ)


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