02 馬鹿正直にもほどがあります
「いやいや、礼なんていいんですよ」
その皮肉に気づかないふりをしてアロダは礼を辞した。
「こうやって相手をしてもらえると嬉しいんですが、もう少し怒りに燃えてもいいんじゃないかと思います。やっぱりあなたが心配ですね。確かに、私の薬はあなたの警戒心を薄くする役割も果たしましたが」
「そんな成分まで入っていたのかい」
呆れたように――この場合、呆れる対象はアロダよりも自分になる――ユファスが言うとアロダは満足そうにうなずいた。
「そうです。言っておきますが、初めのうちはちゃんと、肩の治療薬でしたよ。近頃、効かなくなってきたでしょう? それでも私を疑わなかった。まあ、これは私の薬のためかあなたの性癖かは判りませんけれど」
「おかげさまでね。これじゃ剣は振るいづらい」
「右利きの人間の左肩でも影響があるんですねえ、剣というのは厄介です。杖振るのは、片腕くらいなくたってできますのに」
アロダは気の毒そうに言った。
「ま、日常生活には差し障りないでしょう?」
「いまの状態は日常とは言えないけれどね」
「それは、確かに」
アロダはまるでユファスが面白い冗談を言ったかのように笑った。
「魔術薬を服用すれば魔術に鈍くなる、とは申し上げましたね」
「魔術師ならば、と言ったよ」
ユファスの指摘にアロダは手を叩いた。
「おお、お見事。よくご記憶で。でも嘘じゃありませんよ。魔術薬は魔術師を魔力に鈍くする。魔力を持たない人間は、ちょっとばかり魔力に鈍くなったって大して変わりがありません、というような意味な訳ですが」
「成程」
ユファスは苦い顔をした。
「それで僕は、魔力に鈍くさせられたと」
「まあ、そのようなところですね。魔女の術にも、いい勢いで陥ちてくださいました」
青年は天を仰いだ。
「あれも、あなたのおかげ」
今度もまた、たっぷりと皮肉を込めてユファスは言った。
「そうしようと思っていた訳ではないんですが、結果的にはそうなりました。いいじゃないですか、いい思いをされたんだし」
「冗談はやめてほしい」
「すみません」
ユファスが心底言うと、アロダは謝罪の仕草をした。
「それにしたってユファス殿。あなたは、私の術を避けようともしないままで真っ向から受けてくださいましたね。馬鹿正直にもほどがありますが、まあ、訓練が足りないんでしょうかねえ」
「魔力に対抗する訓練なんて、確かに受けたことないよ」
「立派な宮廷魔術師がいるのに、エディスン兵の訓練にそれがないのは不思議です。ローデン殿に進言しておきましょう」
それがいい、とうなずくアロダに、ユファスは眉をひそめた。
「あなたはローデン閣下の怒りを買ったのではないの」
「買ったかもしれませんがね。魔術師同士には判ることもあるんですよ。私のやっていることは確かにローデン術師の利害とは一致しませんが、それは即ち、私を天敵として葬ると言うことにはならない。もし私が、エディスン兵に魔力耐性をつける訓練でもしたらどうですかと言ったら、あの方は皮肉でなく真摯に考えると思いますね」
「――確かに、魔術師でない者には判らなさそうだね」
ユファスは静かに答えた。彼自身とてアロダに怒りを燃やしてなどいないが、それはどちらかと言えば自罰的な性格のためだ。「利害が一致しないなら仕方ない」と思っている訳ではない。
「まあ、ティルド殿が目的を果たすまで、あなたは無事です。軟禁と言うことになりますが、なるべく不自由はないようにしますよ。ただ、現実的な意味でも魔術的な意味でも見張りはつけますから、魔女とお楽しみになりたいときはそのことを念頭に」
「やめてくれ」
「はいはい、すみませんね」
アロダは両手を上げた。
「あの女に魅了されたら、たいていの男は骨抜きなのに。本当に面白い方ですよ、ユファス殿は」
感心したように首を振る魔術師を見て、ユファスは唇を歪めた。
「あなたも骨抜きにはされていないようだけれどね」
ユファスの言葉に、アロダは嫌そうな顔をした。
「言ったでしょう、私ゃ、彼女と両思いですよ。お互いに好みの範疇外です。誘惑するもされるもお互いにお断りですね。私の好みを申し上げれば、賢くて穏やかで、私のつまらない冗談にもにこにこ笑ってくれる、リボンの似合うような可憐な美少女ですかな。まあ、いまから十代の少女を相手にすると犯罪ですのでやりませんが」
ひらひらと手を振って魔術師は言い、青年は肩をすくめた。
「それじゃごゆっくりお休みください。傷は治しましたけれど、まだ影響はあるはずだ。魔術の治癒より自然治癒の方が私はお勧めです。そうそうそれから」
魔術師は、ぽん、と手を叩いた。
「これを言うために伺ったんでした。リグリス様がお会いになるそうですよ」
さらりとそんなことを言うと、緊張で身を固くした青年をあとに、アロダはのんびりと扉から出て行った。




