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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第7話 契約 第1章

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05 西の若者たち

 ここへこようと思っていた訳ではもちろんないが、結果的に彼はカリ=スの忠告を無視したことになり、加えて砂漠の男が口にせずとも望んでいるであろう彼の故郷の地をひとりで踏んでいることになる。

 ヴェルフレストは何だか、カリ=スにとても悪いことをしている気分になった。

「陽射しはつらいか、ヴェルフレスト」

 長の天幕を離れてぼんやり考え事をしていれば、アタラがにこにこと話しかけてくる。

「つらい」

 ヴェルフレストは正直に答えた。

「俺は、暑さには強い方だと思っていたが、ここの太陽は俺の故郷の比ではない」

「ここでは太陽神(リィキア)砂神(ロールー)の力を得て、ますます強くなる」

 アタラはじっと彼を見た。

「肌が赤くなっている。きっともともとは白いのだな」

「故郷でならば日に負けぬよう薬剤を塗るが、今日は準備を怠った」

 ヴェルフレストは肩をすくめた。子供の頃に侍従長の忠告を無視して海辺で遊びまわり、夜に肌が痛んで酷い目に遭ったことを思い出す。今宵は懐かしい思い出を追体験できそうだ、と王子は思った。

「近頃、ラスルには白い肌の友ができた。彼に相談するといい」

「西の人間か? 交流などないのかと思っていたが」

 意外に思って彼が言うと、アタラは笑った。

「西と言えば西だが、われわれの誰より東の人間でもある」

「何だって?」

 謎めいた物言いに彼は眉をひそめた。少し奇妙だった。と言うのも、彼らには不思議なところがあるが、占い師(ルクリード)の類がやるような言葉遊びめいた真似はしないように思ったからだ。

「おかしいか。でも真実だ」

 アタラが言うのにヴェルフレストが今度は疑問を挟もうとすると、アタラが彼の背後を見て、ああ、と言った。

「噂をすれば。やってきた」

 北方の王子が振り返れば、そこには明らかに〈砂漠の民〉とは異なる人間がいた。

 黒い肌、黒髪黒目の彼らのなかでヴェルフレストの金髪碧眼はまるで違う生き物のように目立つが、その若者も似たようなものだった。髪は茶色く、目もそれに近い色をしているが、ここの民たちとヴェルフレストとどちらに近いかと言えば間違いなく後者だろう。

「よう、アタラ。ラスルには近頃、客が多いみたいだなあ」

 言いながら若者は王子に見慣れぬ――ピラータの酒場で一度だけ目にしたことのある仕草をした。アタラがそれを返すのを見て、どうやら本当にこちらの挨拶らしいと知る。商人を追うと言った東の男は本当に砂漠の民と関わるのだ。カリ=スが言うなれば当然であろうが。

「この場所で西の人間が行き会うとは、珍しいこった」

 ヴェルフレストより少し年上だろうか、若者は人好きのする笑顔を見せた。

「何でまた、砂漠なんかに?〈失われた(うた)〉でも求める吟遊詩人(フィエテ)かい?」

 言われたヴェルフレストは肩をすくめた。

「何。女を追ったらうっかりこんなところまできてしまっただけだ」

 若者は口笛を吹き、アタラは笑った。

「細い身体の割にはなかなか豪胆だ、ヴェルフレスト」

 アタラはそう言うと、西の若者たちをあとにしてその場を離れた。何となくそれを見送るようにしてから若者に目を戻すと、その茶色い目が見開かれている。何事かとヴェルフレストは片眉を上げた。

「あー」

 若者はこほん、と咳払いをした。

「会うなり失礼は承知だが、ひとつ、頼みがある」

「……何だ」

 突然の言葉に彼は少し警戒しながら尋ねた。

「頼むから、あんたの名前がエディスンの第三王子殿下と同じなのは偶然だと言ってくれないか」

 何故知る、などと問うより先に、エディスン王子ヴェルフレストは思わず笑った。

「生憎だが聞けないようだ」

「そうだろうなあ」

 若者はどういう理由でか、がっくりと肩を落とした。

「何故、知る」

 そこでようやくヴェルフレストが問えば、顔を上げた若者は彼を――ではなく、誰かをきっと睨みつけるようにした。それから、語り部(トラント)の笑劇〈早生き競争〉もかくやという早口で、これまでこの王子が耳にしたことのあるどんな罵り言葉も敵わぬほどの充実した内容を何者かに向けてあげ連ねた。思わずヴェルフレストは拍手をしそうになったほどである。

「申し訳ありません、殿下(カナン)

 ひとしきりそれを終えた若者は、嘆息すると宮廷式の礼をしてみせた。エディスンのものとは少し異なったがなかなか慣れている様子で、王子には何とも意外であった。砂漠の民と交流のある者が、どこだかの王宮に出入りしているとでも言うのか?

「儀礼など不要だ。この地では、西の地位など日を遮る役にも立たぬ」

 だが何かを問う代わりにヴェルフレストはそう言った。若者は笑う。

「確かにね。それじゃ提案させていただきます、王子殿下」

「ヴェルでよい。言葉も、俺の身分に気づく前と同じでかまわぬ」

「へえ」

 若者は面白そうに言った。

「それじゃ、ヴェル。『うっかり』踏み込んだだけなら、俺が西へ戻る手伝いをしよう」

「何だと?」

 これまた突然の言葉に王子は眉をひそめるしかない。

「お前は、何者だ」

「ラスルの民は、俺を砂漠の友と呼んでくれるけど」

 青年は肩をすくめた。

「まあ、俺のことはいいだろ。手助けするよ。エディスンの術師をひとり知ってるから、連絡をして近くの町まで迎えに寄越す。それからエディスンへ帰るなり、旅を続けるなりするといい」

「待て」

 ヴェルフレストは遮った。

「話が早くて助かるが、早すぎる」

「もっとここでのんびりしたいのか?」

「そういうことではない。お前は俺を知らぬのに、エディスン第三王子の名を知っていた。口にした謝罪が、無礼への許しを求めたものとも思えぬ。そして、エディスンの術師を知ると言い、あまつさえ、俺が旅を続ける(・・・)と言ったか」

 それは、ヴェルフレストが王子であるということだけではない、彼が旅路の上にあることも知っているということになった。

「言った」

 青年は認めた。

「事情はな、話せば長くなるんだよ。俺は会う人会う人にいちいち全部を説明してやるのは面倒だし、必要なとこだけは話したように思う。西に帰してやる。そっちの魔術師と連絡を取ってやる。ほかに何か要りそうか?」

「――お前は」

 王子は目を細めた。

「スラッセンなる町にいた、白金髪の魔術師と何か関わりがあるのか」

「……何でまた、そんな」

 若者は目をぱちくりとさせた。

「よく似た、物言いだ」

「……まじで?」

 青年は傷ついた顔をした。

「拙い。それが本当なら、拙すぎる。いくら影響力が強いったって、そんな影響はお断りだぞ、俺は」

「何をぶつぶつと言っている」

 たいていならば不興を示しているような台詞だが、ここへきてヴェルフレストは少し面白がる気持ちに気持ちになっていた。

「やはり、知り合いか」

「なりたくてなったんじゃない」

「あれは」

 王子は計るように若者を見ながら続けた。

「死んだと言われたレンの第一王子では――ないのか」

 それを聞いた相手は、この世でいちばん不味いものを食べたような顔をした。

「知ってるのか。でもまあ、幸いにして、違う。それじゃあれ(・・)は何だと言われると俺にもうまく答えられない。心から頼む。お願いだから、どうか、訊かないでくれ」

 懇願するように言われたヴェルフレストは、少し迷ったが突き詰めることをやめた。

 レン――〈魔術都市〉と言われるその街の不可思議さ。ローデンに聞いたことがある。宮廷魔術師は決して怖ろしい場所ではないと言ったが、彼以外はみな、その名を忌まわしいものであるかのように扱った。

 魔術師でない者が関わる場所ではない。

「何だか悪いな」

 若者は頭をかいた。

「ちょっと俺、いま、余裕がなくて。ほんとはまだ、あんたに話さないといけないことがある。でもいま話してもお互いに混乱するだけなのは目に見えてるんだ。悪いけど、詳しくは宮廷魔術師殿とウェンズ術師に聞いてくれ」

「ローデンを知っているのか?」

 たったいま思い返したばかりのエイファム・ローデンについて触れられ、王子は驚いて問うた。

「それ、宮廷魔術師の方? なら違う。俺が会ったのはウェンズって若いの」

「その名は知らぬな」

「王子殿下の方じゃ知らなくても向こうは知ってるんだろ」

 若者は簡単に言った。


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