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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第6話 転進 第4章

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11 そんなことするはずないだろう

 少年は口をぽかんと開けた。

「何だって?」

「だから」

 青年は頭をかいた。

「僕は、お前が西行きを選んでもコルストへ行こうかと」

 できればすぐにでも、とユファスはつけ加えた。

「何でだよ!」

 思いもかけぬ兄の言葉に、ティルドはほとんど怒鳴るようにした。

「アロダに任せて待ってろって言ったのは兄貴じゃんか!」

「そうなんだけど、気になるんだ」

「何が」

「上手く言えないな」

「下手でもいいよ」

 弟の言葉に兄は笑った。弟の方は笑うどころではなく、むっつりとした表情で兄を見ている。

「本当は、身体がふたつほしいところだ。僕はお前の隣にいるために旅に出たんだし」

「んじゃ」

「でも、西行きが彼女の言うなりだというのは、気になる」

 まるで早く追い払いたいみたいじゃないか、とユファス。

「言うなりって訳じゃないさ」

 取引だ――と言いそうになってティルドは堪えた。

「その……首飾りを追うんなら、そいつを追っかけないと」

「お前の理屈も判るような気はするけれど」

 ユファスは唸った。

「僕は、コルストだと思うんだ」

 今度はティルドが唸った。

 本当のところを言えば、その感覚は理解できた。

 おそらくは兄もまた覚えている「風の気配」。

 アロダが〈風読みの冠〉がコルストにあるという推測を聞かされたときから。それとも、その前から。

 確かにそれは、東にあると。

 冠か。仇か。

 もしティルドがコルストに向かうことがリグリスやメギルにとって問題であれば、彼らはそれをとどめるだろう。メギルがまたも少年の前に顔を見せることも考えられる。

 だが、それでは駄目なのだ。

 魔女は、逃れる。

 首飾りを手にして、対決を申し込めば、本当に逃れないだろうか?

 それは判らない。魔女の口先など信用なるはずもない、ということは彼もよく判っている。

 アロダが例の「取引」についてユファスにほのめかすようなことをしなかったのは少し意外だったが、助かった。兄が知れば、強硬に反対をするに決まっている。風具と命を賭けて戦うなど。

 だが彼はそれを選んだのだ。

 少なくとも少年はそう思っていた。思わされているとは、思わなかった。

「ティルド」

「何だよ」

「お前がどうしてか、西に行きたいと思っていることは判ってる。でも、よく考えるんだ」

「俺の答えは、決まってるよ」

 アーリの仇を取ることだけだ、とティルドは呟くように言った。

「そんなふうに決めつけることはない。仇を取りたいのならそれでいい。でも、そのために彼らに利することになってもいいのか。それを考えろ」

「それは」

 少年は口ごもった。

「いいって訳じゃ、ないけど」

「僕は、決めるのはお前だと言ったし、いまでもその考えに変わりはない。だからこそ、考えてほしいんだ」

 ユファスはゆっくりと言った。ティルドは黙る。

「少し、ひとりで考えるかい。僕はちょっと、身体を動かしてくるよ」

 そう言うと兄は立ち上がった。その言葉はつまり、ひとりでできる訓練――ちょっとした体操だとか、剣の素振りだとかいったこと――をやってくるという意味であった。ティルドは曖昧にうなずいてそれを見送る。

 風の気配。

 冠。

 魔女。

 どれを追うべきか。

 理想を言えば、全部だ。

 彼が感じるように、またアロダの言うように、〈風読みの冠〉がコルストにあるのならばそれは全てを追うことになる。

 だが、もし冠を取り戻すことができたとしても、魔女は倒せない。

 倒せない?

 何故?

 あの女は、ティルドが追いつめても魔術で逃げるから。

 ――何故?

 何故そのように思うのか?

 それは、実際にメギルが何度も魔術で姿を消しているから。

 メギル当人も言ったから。逃げないと言う約束をしなければ、少年に魔女を倒すことなど無理だから、と。

(無理なことなど、ない)

 ふと耳に蘇ったのは、神官ラタンを前にともに剣を取った砂漠の男の言葉だった。

(無理なことなんて、ない)

 あのとき、少年自身もそう言った。

 がたん、と音を立ててティルドは椅子から立ち上がる。

 酒場の人間の胡乱そうな視線――例の少年兵士が、まさかまた何かやらかすのか――を歯牙にもかけず、少年は戸口へ駆けると外へ出た。

「ユファス!」

 弟は兄を追って叫んだ。

「話す! 俺、あいつの口車に乗せられてるんだ」

「何だって?」

 数ラクト先で、ユファスは足をとめると振り返った。

「首飾りと引き換えに、その」

 ティルドは言い淀んでから続けた。

「冠を寄越すなんて言われたから」

「おいおい」

 ユファスは呆れた顔をした。

「何、考えてるんだ。彼らがそんなことするはずないだろう」

 どうするつもりでいるのだとしても、ほしくて盗っていったものなのである。簡単に手放すとは思えない。

「その……首飾りの方が重要だってことなのかなとか」

「ティルド」

 青年は諭すように言った。

「本当にそう考えているのか。それとも、まだ僕に言っていないことがある」

「……ある」

「ティルド」

 兄はまた呼んだ。

「僕は知らなくてもいいことかい」

 ティルドは沈黙した。感情が高ぶっているときならば、知らなくていい、兄貴には関係がない、とでも言うだろう。だが、いまの少年は違った。自分が兄を案じるように、兄もまた自分を案じる。

 間にいるのはひとりの、魔女。


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