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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第6話 転進 第4章

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03 俺の望みは

「不思議ですね、あなた方は。極端で偏っているかと思えば、中途半端でどっちつかずだ。どちらにしても、危なっかしいと思い、手を貸してやらなけりゃと思わせます」

 これも情に弱いと言うのですかね、と魔術師は肩をすくめた。

「魔術師の手助けなんか要らねえよ」

「『危なっかしい』にはティルドだけじゃなくて、僕も含まれる訳ですか」

 弟は不満そうに、兄は困惑したように、言った。

「ヴェル殿下も時折同じ印象を抱かせてくれますが、彼にはカリ=ス殿がついてますから、魔術関係以外では助言も助力も不要ですし」

 アロダは肩をすくめた。

「だいたいお前は、コルストで何を見てこようってんだ?」

「そりゃ、本当に私や協会の睨む通りなのかとね。ユファス殿の言われる通り、近寄らせたくないという雰囲気も漂いますから。まあ、勘違いってことも有り得ますが」

 どちらだと考えているのか判らないようなことを言い、アロダはティルドを見た。

「あなた方は待機を継続。私が、町へ。何、ほんの一日か二日です。その間、ティルド殿に考えていただきます。魔女との対決と、冠の奪還と、あなたが為すべきことはどちらかとね」

「んなの」

 仇討ちに決まっている――と言いかけ、ティルドは口をつぐんだ。

 冠よりも仇だと、アーレイドの地でそう思ったことは忘れていない。必ず殺すとメギルに叫んだことも、夢のなかでアーリに魔女になど負けないと意気込んだことも。

 冠の継承者。

 それを信じた訳ではない。

 疑っていると言うよりは、容易には信じ難い、という感覚だ。

 だが確かに、彼に結びつくものがある。

 風具。風具たち。

 〈風食みの腕輪〉は魔法の火を退けた。砂漠の男の腕を癒したのは、どの風具の力なのか判らないが、あれもその力であるようだ。

 ティルド自身、その力を使おうと思ってやったことではない。

 ただ、できた。

 それが継承者の証なら。風が、彼の周りに集まるのなら。

(コルスト)

 そこに冠があるかもしれぬと、アロダは言った。

(そうだ)

(風の、気配)

 少年は――あまり思い出したくないが――ヴェルフレストの言葉を思い出す。かの王子が〈風聞きの耳飾り〉に対して覚えたと言ったもの。

(それは、西からきているか、それとも)

(コルストか)

(でも俺は)

(魔女を……殺さなくちゃ)

 ユファスとアロダがそれぞれ気遣わしげにティルドを見ていた。少年は、首を振る。

「俺の望みは、あいつを殺すことだ」

 彼はそう言った。アロダが嘆息する。

「そう、決めつけないで。まあ、殺すなとは言いませんけれど、冠のこともお忘れなきよう」

「忘れちゃいないさ」

 ティルドはアロダを睨んだ。

 彼は、決めつけているのではなかった。

 そう言わないと、不安なのだ。疑問を抱いてしまいそうで。

 ――復讐などに、何か意味があるのか?

 それを考えては駄目だ。思いに上せることすら、自分で許せないと思った。

 アーリの仇は必ず討つ。

 たとえ兄や魔術師が、夢のなかの少女がどう言おうと。

「それでは、とりあえず私が様子を見てきます。何、私がヴェル殿下のもとに行っているのだと思えば、この前までと同じだ。寂しくないでしょう」

「あのな。どうしてお前の不在を寂しがらなけりゃならねえんだよ」

 ティルドは卓をばんと叩いてから兄を見た。

「ユファス、どう思う」

「いい分業だと思うよ、本当に術師が協力してくれるなら」

「騙しやしませんよ」

 アロダはひらひらと手を振った。

「私はいまだに、ティルド殿のお役に立ってないですからね。早いとこ何とかしないと永遠に信頼をしてもらえなさそうなので、どうにかしたいのです」

 永遠は大げさだろう、とティルドは思った。そもそも、長くつき合うことになど、ならない。はずである。

「もし私が、そうですね、三日経っても戻ってこないようなことがあれば」

 魔術師は肩をすくめた。

「不覚にも業火の神官に遅れをとったのだと思ってください」

「おい……ちょっと待てよ」

 ティルドは口を挟んだ。死を暗示させる言い方に、さすがの彼でも気づいた。

「そんなに危険だと?」

 ユファスも言った。魔術師は唇を歪めて兄弟を見る。

「危険に決まっているでしょう。本当に、本拠地でしたらね。まあ、ティルド殿ならいざ知らず、私は敵さんが手ぐすね引いて待ちかまえてるかもしれないところにまっすぐ突っ込んでいったりはしませんからご安心を」

 ちょっと探るだけです、などとアロダは言った。

「そんな危ない真似なんかは、させられねえよ」

「おや、ご心配くださるので」

「違えよ!」

 少年は即座に否定したが、それはほとんど癖のようなもので、「危ない真似をさせられない」という発言のどこを取っても「心配していない」とは言えなかった。

「大丈夫です。私だって死にたかありません。死ぬときは、孫たちに囲まれて穏やかに息を引き取ると決めてるんです」

「お子さんがいるのかい?」

「いません」

 アロダはあっさり答え、ユファスを苦笑させた。

「魔術師は神官と違いますから、ご存知の通り(・・・・・・)、異性との契りはもちろん、結婚だって禁じられてはいませんがね」

 強調された部分にユファスは頭をかいた。

「まあ異性との交わりは魔力を弱めるという迷信を信じる者もいますけれど、私の場合はそうですね、私の魅力を理解できる女性がいなかったということですな」

 とうとうと言うアロダに、ティルドは口の端を上げる。

「要は、もてなかったってことだろ」

「そういう指摘は、心のなかでだけするものです」

 アロダは傷ついたように言ったが、ティルドは無視することにした。

「ともあれ、上手にやりますよ。コルストに抱いている疑惑がわれわれの勘違いならばよし、ティルド殿にはいくらでも東の男とやらを追っていただいてけっこうです」

 どうですか、と魔術師は少年を見た。

「でもお前を待ってる間、男は遠くへ行っちまうじゃないか」

 こうしている間だって、と言うティルドにアロダはやれやれと言った。

「仕方がない。ローデン殿に怒られる覚悟でもうひとつ。そのときは、その男を捜すのに私が手を貸します。これで、どうですか」

 ティルドはユファスを見た。兄は、決めるのはお前だよ、とだけ言った。


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