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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第6話 転進 第4章

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01 実感が湧こうが湧くまいが

 〈冬至祭(フィロンド)〉を終えたピラータの町は、日常の姿を取り戻そうとしていた。

 旅支度を整え直した兄弟は、しかし向かう先を定められぬままだ。

「問題は、どっち(・・・)かってことだけど」

 のんびり町を見物する気にもなれなかったので、彼らが休憩をしたり食事を取ったりするのは宿に併設されている食事処となった。決まったらすぐに発つとばかりに腹ごしらえをしながら、ふたりは改めて話をまとめていた。

「西に男を追うか、コルストか、だね」

 弟の迷いをユファスは確認した。

 ここまできたらコルストなど目と鼻の先である。聞けば、街道を少し離れて何日もかからないようなところだ。

 コルストという町に何があると思っている訳でもない。レギスで〈黒鳩〉と名乗る情報屋が、メギルがそこに行くと洩らした、と告げただけである。

 そして実際のところ、メギルはフラスに、ピラータに、それぞれ姿を現している。彼ら兄弟を追うかのように。いや、確かに追っているのだ。腕輪と冠の継承者を。

 「継承者」などと言われても、兄弟のどちらもぴんとこなかった。

 ユファスは時折、彼に結びついているという翡翠の腕輪を取り出して眺めてみたが、何かが腑に落ちるということもなく、判らないと首を捻って隠しにしまうだけだ。

 ティルドに至っては、冠を目にしたこともない。

 十年に一度の〈風神祭〉のときだけエディスンにあるものであり、王家の儀式に使われるものなのだから、彼が目にしていないのは当然だ。

 なのに、彼がそれを継ぐのだとアロダは言う。

 意味が判らない。

「まるで」

 ユファスは呟いた。

「行かせたくないみたいじゃないか?」

「コルストに?」

 ティルドが問い返すとユファスはうなずいた。

「行っても何にもならない、西へ戻れ、と」

 ティルドは考えた。確かに魔女の言葉は何かを隠そうとしているようにも見える。メギルはコルストに訪れることを認めたが、「何でもないことだからだ、というふりをした」結果ではないか、との推測はティルド自身もしていた。

「でも、その読みが外れて本当にコルストに何もなかったら、東の男とかを追うのは難しくなる」

 (ケルク)を飛ばせば、コルストまでは一日ほどで行けるかもしれない。調べるために一日滞在したとして、往復に最短で三日。その三日の開きは、男を追えなくさせるかもしれない。

「それですよ」

 そう言ったのはユファスでもティルドでもなかった。ふたりは驚いてそちらを見る。

「西へ誘導しているように聞こえましたね。いや、隠していましたがコルストに行かせたくないことは間違いありません」

「アロダ術師」

 兄弟は目をしばたたいた。

「いつからそこに?」

「さっきからいましたよ、挨拶をしようと手を上げたのに、相談に夢中で目もくれなかったんじゃありませんか」

 いつの間にか隣の席に座っていた魔術師は麺麭(ホーロ)の塊を掲げて言った。珍しくも黒いローブ姿ではなく、普通の町びとのような服装をしている。

「黒いのを着てなきゃ気づいてもらえないんですかね」

 アロダは悲しそうに言ったが、それはあまりにわざとらしくユファスの笑いと、ティルドの反発を誘う。

「そんなこと言って、こっちの話に聞き耳を立ててたんだろうが」

「まあ、そうです。それが仕事なんですから」

 アロダは悪びれずに言った。

「第一、こうして隣で飯を食っていなくたって、お話は聞かせてもらいますよ」

 仕事なんですから、と麺麭をちぎりながら魔術師は繰り返す。

「魔女の狙いは、確かに首飾りの件もあるのかもしれませんが、それよりもティルド殿をここから……と言うより、コルストから離そうとすることにあるように見えます」

「僕もそう思った」

 ユファスは同意した。

「実際に聞いていた術師がそう言うなら、確信は強まるな」

「でも、東の男が」

 ティルドはまた言った。

「放っておいても風はあなた方のもとに集まりますよ。何しろ、継承者たちなんですからね」

 兄弟は顔を見合わせる。やはりぴんとこない。

「実感が湧こうが湧くまいが、そうなんです。腹をくくってください」

 声に出されなかったふたりの困惑を読み取ったように、アロダ。

「つまり」

 ユファスは苦笑しながら言った。

「術師のご意見としては、コルストへ行った方がいいと」

「行った方がいい、とは言い切れませんが」

 アロダは腕を組んだ。

「少なくとも、魔女がそこから目を逸らさせようとしているとは思います」

「でも」

 ティルドは三度(みたび)言った。

 魔女との「決闘」を望むのならば、〈風謡いの首飾り〉を取ってくることが条件だ。

 それがないままでメギルに立ち向かえば、ティルドの剣がその身体に届きそうになったとしても、魔女は魔法で逃げる。

「西に行くなら、早くしないと」

 「東の男」の足取りが途絶えてしまうかもしれない。彼はそれが心配だ。

「ティルド殿、お気持ちは判りますが」

 彼と魔女の「取引」を知る魔術師はゆっくりと言った。

「いいですか。私の睨む通りであれば、コルストには〈風読みの冠〉があるかもしれませんよ」

 任務を思い出してください、と魔術師は静かに言った。


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