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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第6話 転進 第2章

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12 危険な状態か

「何、だと」

 ヴェルフレストの頭の方はその言葉の意味を瞬時に理解したが、それが心の方に届くまで、少し遅れた。

「いったい、どういうことだ」

「ご無事なのか」

 その息子よりも素早くそれを問うたのは、カトライ・エディスンを恩人とする男だった。彼は魔女に何かを尋ねるなどは気に入らず、嘘をついている可能性も念頭においたが、自らの好悪にこだわったり嘘に違いないと決めつけて聞き逃してよい問題ではない。

「何をして無事だと言う? 鼓動をし、呼吸をしている。つまり、生きている。血は少し流れたが、それが命に関わることはない。煙を吸ったために意識を失い、手に火傷を負い、倒れる際に頭を打った。火傷は、時が過ぎれば癒えるだろう。薄く切っただけだから頭の傷は問題ないが、どれくらい強く打ち付けたか、それに煙がどれくらい影響を及ぼすか、問題はそれだ」

「火傷に、煙だと」

 ヴェルフレストが唸った。

「火か。では、奴らか!」

「それは」

 アドレアの顔に、わずかな何かが走った。迷い、或いは躊躇い。

「判らない」

「確証はないという訳か」

 ヴェルフレストはアドレアの躊躇を見て取ったが、そう解釈するとうなずいた。

「だが、火なのだろう。何故だ。ローデンは何をしていた。父上がいったい、どうして」

「私は長いことここにはいられない、ヴェルフレスト」

 アドレアは片手を上げ、王子の発する当然の疑問を遮るようにした。

「こうしてお前に父親の怪我を伝えるは、お前を惑わすためではない。いまや、お前は自身が口にした通り、まっすぐエディスンへ戻らなければならないと、それを忘れさせぬためだ」

「それを惑わすと言う、魔女」

 鋭く言ったのはカリ=スである。

「決めるはお前ではなく、ヴェルだ」

 その言葉に少し意外そうな顔を見せたのは、アドレアよりもヴェルフレストだった。

 カトライに恩を返すためにこうして息子の隣にいる男である。恩人に何かあれば、ヴェルフレストを後方に残して、ひとりでエディスンへ向けて(ケルク)を走らせでもしそうなのに。

「そうさ、ラスル。決めるはヴェルフレスト」

「何故、知らせる」

 王子はふと問う。

「『父の窮状を息子に伝えるは当然』などとは言うな。お前の」

 目的、と言いかけたヴェルフレストだったが、違う言葉を選んだ。

「望みは」

 その問いにアドレアはゆっくりと答える。

「お前に、風司を」

 ヴェルフレストは自身の顔から血の気が引くのが判った。

「――父上は、それほど危険な状態か。そういう意味なのか」

「判らない。彼は強いし、ローデンがついていて、みすみす王を死なせることはあるまいと思う」

 それは「危険な状態だ」という回答と変わらぬ答えだと王子は思った。

「よいか、ヴェルフレスト。余計な回り道はするな。まっすぐに故郷へと向かうのだ。それから心に留めよ。首飾りは見い出された。お前がどのような話を聞いたとて、砂漠に向かう必要だけはない」

「何だと? そのような話は聞いたが」

 王子の心にふと不安がよぎった。

「まさかリグリスの手にあるのでは」

「そうではない、余所の手にある。何者かは知らぬ」

 答えながら魔女がどこか焦っているように王子は感じた。

「どうした、アドレア」

 その様子が気になって、ヴェルフレストは数歩を進めた。カリ=スはその肩に手をおいて主をとめようとした。アドレアの目はこれまでヴェルフレストが見たことのないもの――怖れのようなものに曇り、リエスは聞いた話や起きていることが判らぬままじっとしていた。

「アドレア」

 ヴェルフレストはカリ=スの手を振り払った。

「怖れているのか。いったい、何を。お前が怖れるものとは、何だ」

「私は」

 魔女は彼が一歩を近寄ればそのまま一歩を退いた。

「私には、判らぬ」

 ヴェルフレストはアドレアの赤い瞳に翳りを見た。迷い、躊躇い、怖れ、どれもこれまで、この魔女が彼の前に見せたことのなかったもの。

 それを惑わすと言うのだ、とカリ=スならばまた表したろうか。

 もし、アドレアがヴェルフレストを惑わすつもりでいたならば、彼は、惑わされた。

「行くな、アドレア」

 王子は、魔女がそのまま姿を消そうとしていることに気づいた。いつもと同じように不可思議で不吉な言葉を残して。

 ただこれまでと異なることに、それは父王の負傷というはっきりした情報――たとえ嘘だとしても、「指輪を求めよ」「風司の道を往け」と言うような言葉よりはとてもはっきりとしている――と、「魔女」らしからぬ戸惑いを伴った。

 ヴェルフレストがそこに見たのは、まるで、魔法などに縁のない女が無闇に魔術を怖れるかのような――。

「アディ!」

 王子は力強く歩を進めた。

 彼の手はアドレアの白い手首を掴んだ。

 カリ=スは主を引き戻そうとした。

 だが、砂漠の男の手が王子の肩に届くほんの一(リア)前。

 目を見開いて驚愕のような表情を浮かべる白い女とともに、ヴェルフレスト・ラエル・エディスンは、カリ=スとリエスの前から姿を消した。


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