02 下々では恋と言うんです
「じゃ、リエスは魔女じゃないんだな」
「ちょっと! あんたまだそんなこと言ってんのっ」
ぽろりとこぼれたティルドの呟きに、リエスは烈火の如く怒る。
「ティルドに何かあったらいけないと思って、涙を堪えてあの神官に協力しようとしたあたしの心を判ってない訳!?」
「泣きそうには見えなかったけどな」
ティルドは唇を歪めたが、すぐに謝罪の仕草をした。
「悪い。俺、心配だったもんだから」
「あたしがあんたを騙し続けるか心配だったって訳!」
「お前が騙されてるかもしれないと思ったんだよ!」
ティルドが叫び返すと、リエスは瞬きをした。
「何? じゃ、それってつまり、あたしを心配してくれたと」
「文句あんのかよ」
「ある訳、ないでしょ」
少女は少し照れたように微笑んだ。
「ありがと、ティルド」
「ふむ」
そのやりとりを面白そうに眺めていたヴェルフレストが声を出した。
「では、ムール。リーケルのことはもうよいと」
「ばっ」
ティルドは赤くなった。
「馬鹿言ってんじゃねえよ! リエスとは、そんなんじゃ」
「そうよ、そんなんじゃないわ。……リーケルって誰?」
「エディスンの……どうでもいいだろ、お前には関係ねえよ」
「やだ、アーリとかって恋人がいながら、ほかにも女がいたのね? うわっ、やだっ、最悪っ」
「馬鹿っ、それはちょっといろいろ誤解だ!」
「馬鹿はないでしょっ」
「はいはい」
アロダがぱんぱんと手を叩いた。
「その辺りにしておいてください」
話が進まない、と魔術師は言った。
「殿下も彼らをからかうのはおやめなさい。自分だって魔女に夢中のくせに」
言われたヴェルフレストは瞬時、むせるようにした。
「誰が夢中だ。馬鹿なことを言うな。確かにアドレアは興味深いが」
「そうやって異性に興味を持ち、その言葉に一喜一憂することを下々では恋と言うんです、殿下。まあ、自覚のない内は何を言ってもお判りにならないでしょうが」
「そう思いたければ好きに思っていろ。笑うな、カリ=ス」
ヴェルフレストはカリ=スが肩を震わせたのを見逃さずに咎めるような声を出した。カリ=スは謝罪の仕草をする。王子はカリ=スに向けてよくやるが、逆は珍しい。
「お前が魔女に惹かれているなどとは楽しい話ではない。だが、いまのお前の反応を見ると、図星を指摘されてごまかそうとしているかのようでな。なかなか珍しいので、少し可笑しかった」
「冗談ではない」
カリ=スの言葉にヴェルフレストは唇を歪めた。
「俺がアドレアに惚れようが振られようが、俺はかまわぬ。だがこの話を彼女が聞いてでもいたら、次に何を言われるか判らぬ」
「次に何を言われるか判らなくて不安になる、それも恋という病の症状ですよ、殿下」
「何とでも、好きに、言え」
王子は一語ずつ区切って言うと、その話題は終わりだというように手を振った。
「失敬。話が進まないなどと言いながら、私が話を逸らしてしまいました」
アロダは謝罪の仕草をする。それには、王子をからかったことに対する謝罪も含まれていたかもしれなかった。
「それで、どうされます、殿下」
「リエス」
王子は少女を呼んだ。
「お前は、どうしたい」
「あたし?」
リエスは驚く。
「あたしは、そりゃ、あいつらのところに戻らないんで済むならその方がいいけど」
少女はちろりとアロダを見た。
「お助けしますよ」
魔術師は安請け合いした。
「あたしは、耳飾りのことはよく判んなくて、あいつらがつけてろって言うなら逆につけない方がいいのかなと思ったの。でも、この魔術師さんの話を聞いてたら、何だか知らないけど風の何とかの力を得ておいた方が、身のためなのかなって言う気もした」
「何でだよ、こいつは、継承とかをすれば殺されるかもしれないって言ったのに」
「そうしようとするまいと殺されるかもって言ったのよ。ねえ、魔術師さん」
「アロダでけっこう。そうです、そう言ったつもりです。ティルド殿には通じませんでしたか」
言われたティルドはむっとした。
「うるさいな、通じたよ。ただ、女の子を巻き込むのはどうかと思うだけさ」
「だって、継承者なんでしょ、あたし」
リエスは反論する。
「それに、あたしはずっと神官サマたちのお世話になってたのよ。もうとっくに巻き込まれてる訳」
「これまではそうでも、これからは判んねえだろ。耳飾りを持ってれば確実に狙われる。ちょっとの間、隠れてりゃ」
ティルドは少し躊躇ってから、続けた。
「俺が、奴らをどうにかしてやるよ」
「あのね、ティルド。正直に言って、あんまり頼もしいとは思えないわ」
リエスは辛辣に言った。
「おいっ」
「だって! 逃しちゃったんでしょ、ラタン。それに、魔女? あの金髪の女よね」
「知ってるのか?」
「見たことある。色気振りまいちゃってさ。やーな感じの女。魔女っての、ぴったりだわ」
少女は厄除けの仕草をした。
「そんなの相手に、ほんとに敵う訳?」
「敵う。敵わす!」
「気合いだけでどうにかなるってもんでもないわ」
もっともな台詞に少年は言葉を返せず、唸り声を発する。リエスはティルドをやり込めたことに満足をして、王子の方を向いた。
「ヴェル、あたし、この耳飾りを持ってたい」
「ふむ」
ヴェルフレストはもう片方の耳飾りを取り出しながら、続けた。
「では、俺とくるか」
「はっ?」
リエスは目をしばたたく。
「〈風神祭〉には風具が要る。冠はなく、首飾りを追うつもりだったが、違うものに出会った。これがお前のものならば、俺としてはご婦人から取り上げるなど趣味ではないし、お前が俺と一緒にくるならば話は簡単だ」
「簡単かっ」
思わず叫んだのはティルドである。
「何でリエスがお前と行くんだよ」
「ならばお前と行くか?」
ヴェルフレストは肩をすくめる。それでどうするのだ、というところであろう。
「彼女の安全を思うのなら、魔女を追う旅などは向かなかろう」
「それは、そりゃ、その」
ティルドは口ごもった。
「心配をするな。お前の恋人におかしな真似などはせぬ」
「阿呆っ、恋人なんかじゃねえよっ」
いくら何でも王子に対する言い様ではなかったが、そんなことを考えるよりも先に否定の言葉が飛び出る。
「そうよ、変な誤解しないで。あたしとしては、ほら、ヴェルの方がティルドの五十倍は格好いいと思うし」
「リエス、てめえ!」
「何よっ、文句あるならもっと格好よくなってみたら!」
「はいはいはいはい」
またアロダが手を叩く。
「それじゃティルド殿の反対もあるし、リエス嬢はもう少し考える、と」
「反対してる訳じゃねえよ」
「そうは見えませんでしたが」
アロダは肩をすくめ、ティルドはまた唸った。
「それで、殿下はエディスンへ戻られるんですね」
「お前は」
ヴェルフレストはじっとアロダを見た。
「何故、指輪を追えと言わぬ。俺が継ぐのはそれだと言いながら」
「だって、指輪の在処は判ってるじゃありませんか」
「何?」
ヴェルフレストは片眉を上げた。アドレアは在処を知っているとは言ったが、それを彼に示してはいない。
「おや。お判りではない。魔女も上手なもんですね」
「何の話だ」
「そりゃ」
アロダは瓏草を消した。
「〈風見の指輪〉はずーっと、あの魔女の左手にはめられてますよ」
見事な術で隠すもんですね、と魔術師は言った。




