11 あんたも偉いの?
「怪我人は出たか」
「いえ、誰ひとり」
これならば答えられるとばかりに町憲兵は即答した。
「我が街であれば、それは十二刻の禁固だが。ここではどうだ」
「はい、その、そのようなところでありますが、しかし」
もちろん、本物の王子殿下であればそのようなことはさせられない、と言うのだろう。町憲兵は目を白黒させる前で、ティルドは吹き出しそうになるのを堪えていた。
ヴェルフレストが一晩、留置場に厄介になるという想像は愉快だったが、笑っている場合ではないし、一応、彼もエディスンの兵である。ヴェルフレストへの個人的感情はさておき、エディスンの第三王子が軍兵に抜剣許可を出したためにどこぞの町で捕縛されるなどというのは、笑える話ではない。
「判断が下せぬならば、隊長に諮れ。必要ならば我が父王の印章と書状を用意する。ここはスタラス王陛下の御土地だな。我としては、先だってお目にかかった陛下のご判断を仰いでもよい」
可哀相に、町憲兵の顔色は真っ白になった。小さな町の町憲兵にとって、王陛下など神様と同じくらい遠くて偉くてたいへんな存在だ。
「あの、隊長に諮らせていただきます」
「ではそのようにせよ。我は、先の酒場に戻る」
王子がはっきりとそう言うと、もう町憲兵は彼らをそれ以上引き留められなかった。口のなかでもごもごと何か言うと、礼などして彼ら三人を見送るほかない。
「ちょっと、ねえっ」
ティルドが渋々とそれについていくと、リエスが小声で囁いた。
「いまの、ほんと?」
「いまのって何だよ」
「ヴェルが……王子様って」
「ほんと。面白くないことに」
「やだ。どうしよ、あたしものすごく失礼なことばっか言ったような気がする」
「かまわぬ。面白かった」
違う事象に対する感想ではあったが、ふたりは計ったように正反対のことを口にした。
「ラタンはどうした、ムール。怪我人はないとのことだったが、では斬れなかったか」
「怪我人がどうのってのは、酒場の人間とか客のことだろ。あいつは逃げた。怪我は、したんじゃねえのかな」
本当ならばもう少し口の利きようを考えなければいけないところであったが、ティルドは面倒臭くて普通の口調で喋った。ヴェルフレストは、礼儀がなっていないなどとそれを叱責はせず、と言っても、特別に面白く思ったというようなこともなかった。
「やだ、ふたり揃ってひとりに逃げられちゃった訳?」
「仕方ないだろ! 魔法でぽんぽん姿消されちゃ、追いかけようがない。それに、向こうにも援護がきたんだから」
「援護だと?」
「もうひとり神官がきたんだ。陛下の命令で俺についてるって言ってた奴だったけど、とんでもない嘘っぱちだったってことだ」
「何と。俺にしたのと同じ手を使うとはな。リグリスとやらも存外に頭の悪いやつだ」
「じゃ、ラタンってのは」
「そうだ。俺を護衛するふりなどして、首飾りの行方を聞き出そうとした」
「首飾り?――そうだ、リエス!」
「はいはい、これね」
リエスは仕方なさそうに、ティルドから奪った小袋を少年に返した。
「あたしのなのに」
「お前のじゃないって言ってんだろっ」
「いいわ。あいつらがあたしに持ってろって言ったんだから、こうなった以上、逆のことをしてやる」
リエスはいささか捻れた感情を見せた。それとも、まっすぐな反応と言えただろうか。
「それは何だ。耳飾りか」
「何で知ってんだよ」
ティルドはつい、不満そうに言った。
「落とし物を拾ったからだ」
ヴェルフレストは隠しから耳飾りの片方を取り出した。それを見たティルドはほっとする。
「何だ、お前が拾ってたのか。あいつらんとこにあるんだったら取り戻さなくちゃと思ってたとこだ」
「取り戻す?」
ヴェルフレストは繰り返した。
「お前の任務は、冠を探すことだろう」
「まあそうだけど、〈風聞きの耳飾り〉だって一環だろ」
「冠の手がかりはどうした」
「リグリスの魔女が、コルストとかって町に行くって口走ったらしい」
「『とか』『らしい』」
王子がまた繰り返すと、少年は唇を歪めた。
「俺が直接聞いた訳じゃないんだから仕方ないだろ」
「ちょっとティルド」
リエスが袖を引いた。
「何だよ」
「あんたも偉いの?」
「はあ?」
「だって、王子様にそんな口を利いて」
「どうでもいいんだよ、口の利き方なんて」
「どうでもよくないと思う」
「どうでもよい。王宮でならば、罰せられるだろうがな」
「じゃあ」
リエスはふたりを見比べるようにしてから、ヴェルフレストを向いた。
「じゃあさ、殿下って呼ばなくてもいい? これまでみたいに、ヴェルって呼んでも」
「かまわぬ」
「わあ、やった」
「おい、何だよそれ」
ティルドはむっとして言った。
「ねえねえ、ティルド。ヴェルって格好いいね」
「俺に同意を求めるな!」
どうにも腹立たしい台詞に腹立たしく叫べば、リエスは頬を膨らませる。
「何よう、ケチ」
どうしてそうなるのだ、とティルドが天を仰いで次の角を曲がると、問題の酒場が見えた。




