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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第6話 転進 第1章

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05 魔族

 エディスン宮廷のなかで身分と権力を持つ魔術師はローデンただひとりである。この街の歴史を遡ってみても、そのような人間はごくわずかであった。

 公爵にして宮廷魔術師などという、その気になればエディスンを引っくり返し、エディスンだけでない、近隣諸都市の征服を目論むことのできる地位と、そして魔力をも彼は持っていた。

 それらを悪用しないのはカトライへの友情もあれば、彼自身にそうした野心が全くなかったためだが、ともあれエイファム・ローデンというのはエディスン史上特筆さるべき人物である。

 かつてエディスンは魔術師よりも神官に近くあり、八大神殿からは王家専属の神官が派遣されていた。

 それが途切れたのはカトライが推測したように、ヴェルニールト四世に関わりがある。

 歴史や業績を公式の記録から奪われている彼は、しかし決して暴君であったり、病のため――たとえば、頭のとか、心のとかいった類の――などに王として記録されなくなったのではない。

 それどころか彼はむしろ賢帝と言ってよく、彼が行った様々な改革は今日(こんにち)のエディスンにまで恩恵をもたらす。

 ヴェルニールト四世は、讃えられるべき王だった。

 若き日の過ちを除いては。

 〈風神祭(イルセンデル)〉の儀式を台無しにし、近衛隊員の多くを殺傷して王家の宝を奪った魔女など、見つけ次第に火あぶり、最低でも公的に永久追放にするべきだが、ヴェルニールト四世はそれを主張する神殿と対立、王となってから神官との繋がりを絶った。

 王の言い分は、自らの過ちを魔女の責任に転嫁するなどは上に立つ者としてたいそう卑怯であるという辺りだったが、神殿としては面白くない。王はいまだに魔女の術中にあると噂した。

 王の死後、死者への祈りのためにやってきた冥界神コズディムの神官は、その部屋に魔術の匂いを感じ取り、ヴェルニールト王の名を残せばエディスンに魔女の影がさすことになる、と王家に忠告した。

 父親と魔女の「伝説」を快く思っていなかった新王はその助言にこそ従ったものの、父親の「過ち」を笠に着て権力を取り戻そうとする神殿に嫌気が差していたようで、神殿との絆を作り直すことはなかった。

 判るのは、その辺りだ。

 詳細は王家の記録に残らず、魔術師協会もあまり関わっていないから、ローデンは過去の物語、それとも歴史を知らない。見当をつけるしかできなかった。

 ローデンに判るのは、いまでは王家にひとりの魔術師がついており、神官はいない、ということだ。

 それは必ずしも「王家」と「魔術師協会」の繋がりを意味はしないが、それは協会側やローデン、カトライの言い分であって、やはり神殿としては歓迎できない。

 もしかしたら「それ」をして神殿が王家に――いや、コズディム神殿長グルスが神殿につけいる隙となったのだとしたら、ローデンとしては考え直さなければならないこともあった。

「そう、難しく考えることもないよ」

 籐いすに腰掛けて、〈媼〉と呼ばれる女魔術師は言った。

「過去は過去。いまはいまさ。それにお前は、魔術師としても公爵としても、八大神殿に対する責任なんかないだろう」

「ありませんよ」

 ローデンは同意した。

「宮廷魔術師として、王家とエディスンに責任があるだけです」

「魔術師協会にもない、と言い切ったね、この子は」

「もちろん、言い切ります」

 シアナラスは眉をひそめたが、ローデンは平然と返した。彼女は前魔術師協会長だが、協会長である頃から、彼の協会からの逐電(・・)に本気で文句を言ったことはない。せいぜいが何かを茶化すか皮肉で、いまのは前者だ。

「だいたい、グルスなんぞにつけいられる神殿が甘っちょろいのさ。まあ、ここまで放っておいたんだから協会側も偉そうなことは言えないけれどね」

「やはりあれ(・・)は、魔族でしょうか」

 ローデンは滅多にやらぬことをした――厄除けの印を切った。

「魔族」

 シアナラスは小さく繰り返して首を振った。

「珍しいは珍しいがね、目を剥くほどの珍しさじゃあない。旅人として通過していく存在もあるし、何の変哲もない市民としてエディスンで生活をする存在もあるくらいだ」

 その言葉にローデンもうなずいた。

 確かに、一般の人々が思うほどには、人外の存在は彼らから遠くない。ある程度以上の力を持つ魔術師たちにはそれは判りきったことで、大した秘密ではなかった。たいていは害にならないから、口にしないだけだ。

 そしてエイファム・ローデンは、それをエディスンの誰よりよく知っていたと言える。

「ですが彼らは、よく言えば分をわきまえており、悪く言えば人間などを相手にしない。協会に薬や術を(ラル)で買いにくることはあっても、神殿に救いを求めたり、ましてや、神官になろうなどとは」

 考えられない――とは、ローデンは口にしなかった。どんなにわずかな可能性でも、考えなければならないことだ。

「グルスに直接会えば明確なこととなるかもしれないけれど」

 私はしたくないね、と〈媼〉は静かに言った。

「少なくとも、魔術師ではないよ。あやつの編む技は、魔術と似て非なる技だ」

「業火の神官であることも考えに入れなければなりませんが」

 リグリスとの接点は見当たらないままだ。業火の司祭である男がエディスンに火神の教会を建てようとしたときに何ら協力をしていないと言うのは両者が無関係である証のようでもあるが、判らない。

「何でも考えてみるのはいいことだよ、エイファム。私は、あれが業火の手の者とは思わないけれど」

 シアナラスはローデンの言葉を認め、すぐさま否定した。

 ローデンにも判っていた。

 「人外」というのがいちばん簡潔にグルスを説明する言葉だろう。

 だが、そうなればどういう種族か、というのが問題になってくる。

 人外のものたちを「魔物」と一括りにするのは、草花を「植物」と一括りにするようなものである。道端に生える名なき草も、大輪の薔薇(リティア)も、伝説に言われる〈永遠樹〉も「植物」であるように、街道で人間を襲う獣人も、ごく一部にしか知られぬ〈蘇り人〉も、伝説に言われる〈吸血鬼〉などもみな、「魔物」だ。

 人々の間で人間のように暮らすことのできる種族を「魔族」と分けたところで、協会に知識として知られ、大雑把に分類されるものだけで二十種はいる。それらだけで判定できぬ種が協会を訪れることもあったし、訪れないものを言えば、きりがない。

「見当はつかないね」

 不甲斐ないけれど、とシアナラスは言う。

「魔物全般について研究をする術師もおりませんしな」

 たいていの事象には「専門家」がいる。魔術師という連中は気になることがあるととことん調べたがる気質の持ち主が多く、そう言う意味では学者と呼ばれる人種と似通うところがあるのだ。

 もちろんその研究対象は魔術が関わる事々となり、なかには人外について知りたがる者もいたが、それはひとつの種族だけを追う研究となった。伝説に言われるようなウェリエル族や、人間の近くにたまに見られるバート族、竜に関する研究から竜と親しいとされるザンタール族の研究に流れた書物も存在する。

 だが、それらは魔術師協会に置かれている膨大なる書物の内のわずか数冊であったし、決して深い研究がされているとも言えない。対象となる「魔族」の絶対数が少ないのだから、調査のしようもない。

 従って、それらは「何でも研究する」魔術師たちの間であってもいささか際物(きわもの)、色物と思われており、魔物全般に関する、たとえば判りやすい事典のようなものは世界中を探したところで、伝説に言う〈失われた魔術師たちの砦〉にすら存在しないだろう。

「聞くところによるとひとりだけ、いたようだけれどね」

「何がです」

「魔物について調べたがる魔術師さ。私の前の協会長から聞いたことがある」

「何者です、その術師は。話を聞けますか」

 ローデンは問うたが、シアナラスは首を振った。

「名前も聞いていない。余計なことを言ったね、これはただの思い出話だよ」

 何の参考にもならない、忘れろというような意味だろう。ローデンはわずかにうなずいた。シアナラスは続ける。

「グルスを魔族と仮定すれば、その目的は権力なんかじゃないだろう。神官たちを支配して喜んでいるとも思えない」

「魔族にとって人間は虫けら同然のようですからな。虫の崇拝など嬉しくもないでしょう」

「虫、ほどではないんじゃないかね。家畜、くらいだろう」

「同じです」

「違うよ」

 シアナラスは鼻を鳴らした。

「家畜ならば、餌だからね」

「――成程」

 ローデンは唇を歪めた。


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