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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第5話 邂逅 第4章

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08 最上級の誠実で

 小さな店を見つけて、小さな卓についた。

 それは、フラスの街で彼らが幾度かやったようにまるで逢い引き(ラウン)だったけれど、ティルドは以前にも増してそんな気持ちにはならなかった。

 リエスは魔女かもしれない。

 全部知っているかもしれない。

 いや、何か知らないことを彼から聞き出そうとしているのかもしれない。

 それでも彼は話そうと思った。

 聞いてもらいたいと思ったのだ。

 どこから話せばよいやら、整理がついているとは言えなかったけれど、少年はつたない口調で、そして彼なりの最上級の誠実でもってリエスに接した。

 曰く、エディスンからは兵士として陛下の勅命を受け、祭りに必要な〈風読みの冠〉を運ぶ任務に就いたこと。レギスの街にあった冠が火事によって失われたと思ったこと。アーリという少女と出会い、〈風聞きの耳飾り〉とともにそれが魔女の手で持ち出されていると判ったこと――。

「待ってよ。その風何とかが私のあれだと思い込んでる訳!?」

 冗談ではない、とばかりにリエスは言った。

「すんごい、短絡思考。信じらんない。世の中に耳飾りなんてどれだけあると思って」

「まだ続きがあるんだ、まず聞けって!」

 アーリと一緒に、冠と耳飾りを探して西の街へ行ったこと、そこで〈風食みの腕輪〉と言われるものを手にしたこと。そしてそれを手にしたとき、奇妙な風を感じたこと。

「……何だか話が怪しくなってきたわ。あんた、変態でも盗賊でもなくて、語り部志望?」

「うるさいな、事実なんだから仕方ないだろ」

 「作り話めいた」言い換えれば「嘘くさい」話であることは承知の上だ。ティルドは怒ることはせず、そのままの口調で続けた。

 彼らの前に魔女が現れたこと。

 魔女の火で、アーリが死んだこと。

 リエスは、それには沈黙をした。

「……その娘なのね。あたしと似てるのって」

 静寂のあとで少女は言った。

ああ(アレイス)

 ティルドはうなずく。

「よく、似てる」

「何だか、不思議」

 彼女は言った。

 死んだ娘と似ているなどと何度も言われれば、正直、少し気味が悪い感覚もあった。

 一方、恋人の面影を知らない娘に見るなんて吟遊詩人(フィエテ)の歌のようで浪漫があるな、と思ったのも事実。

 そして目の前の少年にとってはそれは歌物語ではなく、現実であったらしい。

 だが彼女にとっていちばん不思議なのは――。

 その話を知っているような気がすること。

 気のせいだ、と彼女は思った。知っているはずがない。気のせいに決まっている。

「それで、お前の耳飾りに驚いた」

 ティルドは言った。

「俺は〈風聞きの耳飾り〉を見てはいなかったけど、真珠に白詰草の飾りがついてるもんだって言われてて。白詰草なんて珍しいって聞いてたし」

「まあ、珍しいかもしれないけど」

 リエスは咎めるような口調を消して言った。

「ほかに全くないってことも、ないんじゃない」

「そう思った。拾い上げるまでは」

「何それ。まさか」

 リエスは唇を歪めた。

「『風を感じた』とでも?」

「馬鹿にしたければしろよ」

 ティルドもまた似たような表情を浮かべる。

「でも、当たりだ(レグル)。本当なんだ」

「何て言ったらいいか」

 リエスは小さく首を傾げた。

「お話にしちゃ、よく作ったわねと言いたいけど」

「作ってなんかねえよ!」

「ちょっと、そんなふうに叫ばないで。おかしな目で見られるじゃない」

 リエスは顔をしかめた。

「作り話だって言ってるんじゃないわよ。そんな才能、ありそうに見えないもの」

「悪かったな」

「何よ、口から出任せじゃないだろうって言ってあげてるんだから感謝したら」

「もうちょっと言い様ってもんがあるだろうが」

 返してからティルドは、はたとなった。

「信じるのか?」

「正直に言うと、判んない」

 リエスは答えた。

「あたしには、判んないことが多すぎる」

 そう言ったリエスの表情は、これまでずっと見せてきた勝ち気なものから、どこか頼りなげなものになった。少年はどきりとする。

「あたしね、ティルド。自分の生まれた場所もだけど、育った場所も、ちょっと前までどうしてたのかも、よく判らないの」

「何だって?」

 意味が判らなくてティルドは眉をひそめた。

「お前こそ、健忘症なのか?」

「違うわよっ、馬鹿」

 一気にリエスの顔は普段のものに戻った。

「ううん、判んないわ。そういう病気なのかも。薬もいっぱい飲まされるし」

「じゃあやっぱ、どっか悪いんじゃないか」

 彼は心配して言ってしまい、魔女ではないと判明した訳ではないのだ、と自分に忠告をした。だが、どんなきっかけだろうと知り合った娘が──アーリに似ていようとそうでなかろうと──身体をおかしくしているとなれば心配になって当然だ、とも思った。

「かもね。あたしさ、ティルド。はっきり思い出せるのはほんの数月前くらいのことまでで、最初に覚えてるのは」

「その辺までにしておけ」

 突然、彼らの間に冷たい声が割り込んだ。少年少女ははっとなる。

「身の上話をさせるためにお前をやったんじゃない。サーヌイが離れざるを得なくなった以上、こいつのはっきりとした場所を把握するのが難しかったから、お前を行かせただけだ」

「何だよ、てめえ」

 明らかにリエスを知り、下に見た物言いをする若い男、彼は咄嗟には気づかなかったが、彼を探していたようなことを言う相手をティルドはじろりと睨みつけた。

「人の話の邪魔、すんじゃねえ」

「こちらは忙しいんだ、ティルド・ムール」

 男ははっきりと彼の名を呼んだ。ティルドはそれに怯むことなく、がたんと立ち上がる。これが味方だとでも言うのなら、彼は豪雪のなかを裸で転げ回ってやってもいいと思った。


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