12 それほど神聖か
「ならば砂の神にかけて、俺の言うことは真実だと言おう。首飾りは砂漠を出た。いや、厳密なところを言えば出ていないのかもしれんが、そこは問題じゃない。少なくとも魔物はもう砂漠で歌っておらず、探しに行っても見つけることはできないと」
若者は、彼らが首飾りを探していると完全に思っているように見える。
ヴェルフレストはごまかそうかとも考えたが、それに意味があるようには思えなかったので、敢えて否定はしなかった。
「もし、冒険行でも企画しているのなら、やめておけ」
そう言って若者はちろりとヴェルフレストを見た。
「まあ、そちらの若様は砂漠に足を踏み入れたら、半日で死にそうだが」
言われたヴェルフレストは苦笑した。この相手が真に砂漠を知っているならば、「ヴェルフレストが砂漠に行けば半日で死ぬ」との判断はカリ=スの思いこみではないということになる。
「いまの話は真実か」
カリ=スが短く問うた。
「誓って」
若者は同じように短く答えると、ヴェルフレストの見慣れぬ仕草をした。カリ=スはそれを見てゆっくりとうなずく。
「何故、知った」
「言ったろう、商人を探す過程だ。俺はその商人に不利益を被らされてね、そいつを追いかけてる。その途中で首飾りの話を聞いた」
「噂話を聞いただけで、何故真実だと判る」
「詳しい話をすれば長くなるが、真実だと知っているんだ」
砂漠の男の問いに、砂漠の青年は肩をすくめて答えた。
「そのような曖昧な話を信じろと?」
ヴェルフレストは笑ったが、カリ=スはたしなめるように首を振った。
「彼は真実だと誓った」
気軽な誓いに何の意味がある、と言い捨てようとした王子は、カリ=スの目が真剣であることに気づいてその言葉をとめた。
「砂神への誓いは、それほど神聖か」
「無論だ」
「ふむ」
ヴェルフレストは顎に手を当てた。
「砂漠に乗り込む予定などはもともとなかったが、では首飾りがどこにあるのかということが問題になる」
「探しているのは商人よりも、そちらか」
「そうだ」
相手の言葉をヴェルフレストは認めた。この若者が何かを知っているならば、下手な隠し立てをするよりも、素直に尋ねた方がいいと思ったのだ。
「厳密には出ていないかもしれない、と言ったな。在処を知るのか」
簡潔に王子は尋ねた。
「正確なところは、知らん」
「不正確でもいい」
言え、と命じそうになってヴェルフレストは自粛した。「王子のように」命令をすれば反感を買う、というカリ=スの言葉を思い出したのだ。
「そうだなあ、とある魔術師が砂漠で見つけて、拾ったらしい」
「魔術師だと?」
「何でもそれには呪いがかかっているそうで、それを解くまではその魔術師が手放さんということだ。伝聞だが」
「呪い」
ヴェルフレストは、タジャスのギーセス男爵が語った話を思い出す。首飾りを巡って怖ろしい争いが起きたと。
「その魔術師と、知り合いか」
考えて王子が問うと、若者は肩をすくめた。
「俺としちゃ、魔術師なんぞと仲良くしたくないね」
「では、誰に聞いた」
「友人さ。その友人も、詳しい話を知ってる訳じゃない。話のもとを遡ってでもみるかい?」
まるでタジャスでの出来事だ。ヴェルフレスト唇を歪めた。
「それは、大仕事だな」
「だろうな」
若者はにやりとした。
「ともあれ、俺に言えるのはそれだけだ。誰かが砂漠にさまよい込んで死ぬなんてのは気に入らないから忠告したかったんだが、余計だったか?」
その言葉にヴェルフレストはカリ=スを覗き見た。砂漠の男は微かにうなずく。ヴェルフレストの感覚で言えば不自然なお節介に見える。親切のふりをしながら出鱈目を言って真実にたどり着かせまいとする類の行動に見えるのだが、カリ=スにすれば、砂漠を愛する者なら腑に落ちる行動と言葉だということらしい。
「いや、貴重な話を聞かせてもらった。礼を言う」
「要らんよ」
男はそう言うとひらひらと手を振って、席に戻った。それをじっと見守ってから、王子は連れに視線を戻す。
「どう思う」
「真実だと誓った」
「そうだったな」
彼は肩をすくめた。
「宿に戻ったらアロダを呼び出そう。何か知っているか、そうでなければローデンに報せなければならないからな。それから」
彼はまた、声をひそめた。
「あの男はまだ何かを知っているようだ。お前ならば、聞き出せるか」
「難しい」
カリ=スは答えた。
「彼はそれを隠そうとしている。だが、お前に言うべきことは言ったと考えている。あれ以上は話さないだろう」
砂漠の男は一瞬目を閉じて、開いた。
「彼は砂地を愛する者だ。裏はないと、思うが」
「そうか」
その繋がりは彼には判らなかったが、彼はカリ=スを信頼している。ならばその判断もまた、信じられた。
「ならば、まずはやはり、アロダだな」
ヴェルフレストは、場合によってはそれからあの男を問い質そう、などと言ってから深く息をついた。
風は、彼の回りに集まってくる。
面白い、と簡単には言えなくなってきていた。




