03 秘密の外出
ローデンは、王妃に関する報告をまず自分のところに届けさせるようにしていた。
相手が位ある男でも身分卑しい男でも、カトライは報告者の前に王の仮面を保ち続けることが困難だろう。ローデンは緩衝材になることを決め、カトライは、王がそのような心弱いことでどうするとばかりに最初は認めなかったものの、最終的には宮廷魔術師の説得に折れた形だ。
王はそれを仕方なく許したが、決して隠しごとはしないことを友人に誓わせた。
だがローデンは、その誓いを守るべきか迷っていた。
危険な恋を楽しむ旅の卑しい詩人でもあればどれだけましか。
コズディム神殿の、長など!
グルスが何を思うのかは判らない。確実なのはひとつ。グルス神殿長はカトライ個人、或いはエディスン王家によい感情を持っていない。それだけは間違いがなかった。
まさかコズディム神殿長を捕まえることも追放することもできない。これは混乱が起きるからという理由を別にしても、実際に難しいのだ。更迭すら、王ができるのは八大神殿に勧告するまで。決定するのは神殿長たちになる。
となれば、あとは王妃が目を覚ましてくれることを祈るばかりだ。
ファーラは賢い娘のようで、ローデンがはっきりと示さなかった言外の命令も聞いて取った。もちろんと言おうか、侍女に王妃の醜聞について洩らすことはできないため、ローデンの命令を要約すれば「ヴェルフレストが最愛の息子であることを王妃に思い起こさせ、仮病を返上する気を起こさせろ」ということになった。
一方で、王子の一侍女としてはなかなかに奇態な命令を受けたと感じながら、ファーラ・メンディスはヴェルフレストの侍女として王妃への目通りを願った。
王子には容赦のない口を利くし、公爵にも解雇まであと一歩という口調を使ったが、仮にも王家に仕える者である。儀礼は身についているし、ヴェルフレストの前以外を除けば彼女は絵に描いたような、いやそれ以上に優秀な侍女を演ることもできた。――ヴェルフレストにとっては遠慮のない口利きこそが優秀さであるということになろうが。
夫にも会わぬというサラターラ当人は、ローデンの予想通り一侍女の前などに顔を見せなかった。それでもファーラは、上手に伝言を託した。
彼女の訪問がローデンの命令であることは隠すよう言われていたこともあるが、彼女は公爵の権威をちらとも出さず、それどころか母親の病を知ったヴェルフレストがその身を案じているというような雰囲気を醸し出してみせた。実際、第三王子が知れば少しくらいは心配するだろうから大いに嘘という訳でもない、と侍女は考え、密命を果たしたことを報告に戻った。
「ヴェルフレストが?」
当のサラターラ・レイアス・エディスンは、その薄茶色の瞳にわずかに動揺を浮かべた。
「そう、戻ってくるの。あの子がいない間は寂しかったわ。デルカードもミラオレスもよい子だけれど、ヴェルがいちばん」
侍女から伝言を聞いた王妃は少し笑んだ。
「上手なことを言うものね」
王妃付きの侍女たちは王妃の気に入りが誰であるかはもちろん知っていたし、彼女の「病」がヴェルフレストを旅路に出した王へのささやかな抗議であることも判っていた。公務に差し支えると眉をひそめるよりは、王妃様はお可哀想に、という論調が彼女の館では強い。
だから、王妃の秘密の外出も、神殿で妃殿下が慰めを得られるのならばと協力をする者がほとんどだった。
まさか王妃ともあろうものが、まさか神殿で、精神的な慰め以上のものを得ているとは思わないものだ。万一ちらりと考えたところで、王妃への不敬罪にして神への冒涜となる発言を怖れずに行う者もいない。
サラターラが、王妃としての精神的な疲弊から神に救いを求めに行く。
それは傍目にも、格別奇妙な話ではなかった。
「妃殿下」
コズディム神官たちもまたサラターラの訪問を知っていたが、彼らは無論、それらを噂にしたりはしない。
身分ある御方の懺悔ならば高位の神官が対応するというのもおかしな話ではなく、神殿長が毎度王妃を迎えるのは自然なことだ。
「神殿長」
丁寧に差し出されたその手を取る王妃の瞳に女の色が浮かんでいることを見て取るのは、グルスただひとりである。
グルスは王妃を彼女の身分に相応しい部屋に礼儀正しく案内し、そして女の美しさを称えるのである。
「女」という形代を使って彼自身の力を増す。それは、彼がずっと行ってきたことだった。
遥か昔――エディスンに〈風見の指輪〉が在った頃、指輪を手にせんとひとりの魔女を作り出した頃のように。




