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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第5話 邂逅 第3章

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02 コズディム神殿

 サラターラ当人は顔を見せぬだろうから、直属の侍女に伝言を託すだけでよい、と公爵は付け加えた。

 このところ病でずっと姿を見せぬ王妃殿下の名前に侍女は驚いたようだったが、命令とあれば黙って受けた。

 王妃の醜聞は噂になっていなかった。

 だがそれは「まだ」なっていないという段階で、いつそれが発覚――真偽はともかく――するとも限らない状態だ。

 気に入りの息子が帰還するという報が王妃の気持ちを女から母親へ戻すことになればよい、というのがローデンの考えだったが、同時に、そう簡単には行かぬであろうことも判っていた。

 病の床にあることになっているサラターラが館から出ることなどはもちろんないはずであった。しかし密偵によれば、彼女が目立たぬ格好をしてフードの付いたマントを羽織り、紋章のない地味な馬車で出向く先があると言う。

 この暖かいエディスンでそのような格好をすればいささか却って目立ったが、黒っぽいそれは魔術師を思わせるため、人々は見かけても目を逸らして忘れようと努める。まして、それが王妃だなどと思うはずもなかった。

 そうして彼女の出向く先は、神殿(クラキル)だった。

 王妃への疑惑と神殿を結びつけるなら、罪の告白でも行っているかとでも思う尾ところだがひとつの神殿が白くないどころか、黒に近そうだという話を〈媼〉から掴んでいたローデンは、それを知ったときには目が回りそうだった。

 王妃の浮気相手は、神官が行えない術を行ってなお力を失わぬ存在――神官ではなく、魔術師でもない、そうした相手かもしれない、ということになるのだ。

 獄界神という存在を忌むのはまともな神経をわずかでも持っていれば当然だが、神界、まして冥界の神をに誓いを立てた神官であればその程度は甚だしい。獄界というのは冥界が持つ正しき理を打ち壊すものだからだ。

 だから冥界の主神にして八大神殿に名を列ねるコズディムの神官であれば、戦いの神ラ・ザインや破壊神ナズクーファ――こちらは邪神ではなくれっきとした神界七大神が一神だ――の使徒よりも声高に、オブローンの神殿など滅ぼすと意気込む。

 いや、意気込んでいなくてはおかしい。

 もちろん〈媼〉であっても八大神殿長たちの会議の内容などは知らぬはずで、彼女がローデンに告げたのは、神官(アスファ)ではない者が神を騙してその座につき、果ては神殿長(ラクラシル)にまでなっている、とのほのめかしだった。

 シアナラスの言うところの「ローデンよりも年若の」神殿長がどの神に仕えているのかは、調べるまでもなくすぐに知れた。

 つまり、三十代ほどの若さでその地位にあるのは最も獄界神を忌避するはずのコズディム神殿長であり、サラターラが出向くのもまた、その神殿であったのだ。

神殿(クラキル)に、気をおつけ)

 シアナラスの言葉がローデンの耳に蘇る。

 どの神殿よりも業火神に反感を抱くべきコズディム神殿が消極的、或いは「王家に唯々諾々と従うべきでない」というような意見を出せば、他神殿長も強硬論を述べづらい。そうしたことは考えられた。

 ローデンは、まさかコズディム神殿長グルスがリグリスの配下とは思わなかったが――と言うのもグルスも十年はエディスンにいるにも関わらず、リグリスが火神(アイ・アラス)の教会を作りたいなどと言い出してきたときに便宜を図るような真似をしていないからだ――何かおかしなことを目論んででもいるならば直ちに対処をしなくてはならない。

 もしもの話だが、もし仮にグルスがサラターラ王妃に――エディスン市民としても神官としても――抱いてはならない恋心を秘めていて、カトライへの嫉妬(・・)などのために王家に協力せぬのであれば、厄介ではあるが手の打ちようもある。

 無論、神官に王妃を与えることなどできはしないが、彼女の醜聞を隠すのは宮廷魔術師が手を貸せば不可能ではないだろう。ひとりの神殿長と、ひいては八大神殿とことをかまえるような羽目になるよりは、カトライには苦渋であっても、秘密の逢瀬を黙認し続けるのもひとつの手だ。

 だが、グルス神殿長が王に敵対――と言ってよいだろう――する理由がほかにあり、王妃を籠絡するのはそのためだということにでも、なれば。

 これはもう、厄介どころではない。エディスン王家の存亡に関わる。都市エディスンの平穏にも。

 グルスの望むところは、判らない。だが、いまや王妃の秘密の恋人は、ほぼ明らかになっていた。


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