07 火の女神
ガルシランと初めて床をともにしたのがいつだったのか、メギルはよく覚えていない。
ただ、心の傷が癒えていく内に彼女は以前のような、いやそれ以上の美しさを取り戻し、ガルシランがつい何か口を滑らせたときに、強い結び目を持っていた紐が解けたように感じて、メギルはその手を取ったのだ。
ビートを襲った悲劇の原因と同じものを作ったのかもしれない、と思ったときはもう遅かった。
しかし彼女の怖れとは裏腹に、ガルシランの弟は、憧れの女性が兄の恋人となったことを簡単に受け入れた。
イリーズは苦い顔をしたが、自分が口を出すべきことではないとばかりに何も言わなかった。
意外なことに、ふたりが結ばれても、彼らの関係は変わらなかったのだ。
それからも彼らは四人で変わらず旅をし、奇態な魔物を退治し、賞金首を追った。
メギルは、こうして生きていくのだろうと思った。
ガルシランの隣で、彼を恋人とし、ともに戦う仲間たちと。
そのまま数年が過ぎた。
メギルは、このままこうして生きていくのだろうと、思っていた。
「まじか?」
二十代の半ばになろうとしているサイブロンは、一行のなかでいちばん年下である故に子供扱いされることが多いためか、いまだに少年らしさを失わなかった。
「まじで、例の廃墟に〈蘇り人〉がいるって?」
話を掴んできたイリーズはにやりとした。
「そうさ。だからあの商人はガルに依頼をしてきたんだ。俺たちには言わなかったが、既に何組か送って、みんな死んでるらしい」
「食わせもんだな、あの親父は」
ガルシランは唇を歪めたが、それは否定的な感情を表してはいなかった。むしろ、そうして失敗した人間がいるために、自身に話が回ってきたことを歓迎するかのようである。
「だいたい、そうした死の生き物がいるってのは、よっぽど獄界の加護を受けた土地か、そうでなきゃそれらを作り出してる犯人がいるってことになる。どっちにしたって面倒だが」
「どうせやるんだろ?」
「もちろん」
弟の言葉に兄はにやりとしてうなずく。
「報酬もいいが、数々の連中がしくじったネタをやり遂げたとなれば、箔がつく」
「箔のために命を賭けるのか? だいたい、『ガルシラン』の評判は十二分だってのに?」
イリーズが混ぜっ返せば、ガルシランは肩をすくめた。
「どんな相手だろうと命懸けなのは同じさ。なら倒せて当然の相手より、手応えのある方が面白いじゃないか」
「いいか、ブロン、メギル」
イリーズは真面目な顔をして言った。
「こういうリーダーにいつまでもついていると、あるときあっけなく命を落とす羽目になるんだぞ」
「まるで落とした経験があるような言い振りね」
メギルが言うと、イリーズは参ったというように笑った。
「ま、地味に長々と生きるよりは派手に散った方がいいことは確かだな」
「だから兄貴についてるんだろ」
「そんなとこだ」
「よし、決まりだな」
ガルシランは手を叩いた。
「ま、昔なら手こずるかもしれなかったが」
ガルシラン恋人たる魔女を見てにやりとした。
「いまの俺たちには幸運の、火の女神がついてる。負けやしない」
それは、〈蘇り人〉のような魔物にはメギルの火の術が非常に効果的だという事実とともに、恋人の、そして仲間の信頼が伝わる言葉だった。
「任せて」
メギルは嬉しそうに笑んだ。
この頃の彼女の笑みは、協会を訪れたばかりの頃の諦めの入ったものとも、少年と恋をした頃に無邪気に声を上げて笑ったものとも、警護隊の頃のいたずらに男の欲望を刺激するものとも、覚えた愛に浮かべた晴れやかでなかなかに引っ込むことがないものとも――復讐を果たして冷ややかに笑んだときのものとも異なった。
強い魔火を操ってあやかしを倒し、時に男の、ひとりの男の腕に安らぐ。
女が男に頼り切るのでも、男が女に甘えるのでもない。情熱はあるがそれに翻弄はされない、落ち着いた関係。
彼女の笑みは穏やかだった。
メギルは、安定を得たと信じていたのだ。




