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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第5話 邂逅 第2章

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06 火傷は怖い

 ビートたちは街道を旅するに足る充分な能力を持った戦士だったけれど、彼らの行為は自由都市の警護隊とそう変わらず、言うなれば「飯のための手段」、ただの仕事に過ぎなかった。

 ところが、ガルシラン、サイブロン、イリーズの三人は、メギルがこれまで知ることのなかった世界を生きていた。

 吟遊詩人(フィエテ)が歌うような冒険物語が現実に存在すると考えたことなど、なかった。

 「魔物」と言われるのは、ただの獣よりは知性を持っていて、場合によっては魔法のようなものを使うけれど、飢えのために人間を襲う野生の生き物に過ぎないと思っていた。実際のところ、街道に出てきて人々を脅かすような魔物は、獣人や夜鬼と言われるものがほとんどで、山や森の奥に暮らしながら獣や人間を狩って生きる、言うなれば「生身の存在」だ。斬られれば血を流して死ぬ。もちろん、燃やされても。

 だが、ガルシランたちは伝説に謡われるような魔物を相手にしていた。

 それは「死霊」と言われる幽霊のようなものであったり、「蘇り人」と言われる動き出した死体であったり、果ては吸血鬼(ウェリエル)のような、伝説のなかの伝説と言われる存在であったり、である。

 初めに話を聞いたとき、メギルは彼らが彼女をからかっているのだと思った。それらの「物語」は、言うことを聞かない子供を脅かす類の作り話にしか思えなかったからだ。

 しかしそれは紛れもない事実で、メギルが最初に彼らに紹介(・・)してもらったのは、影のように蠢く魔物だった。

 彼らは神殿の密命を受けて、街の裏手にあった墓場に出没していたそれらを退治したのだ。メギルの炎はそう言った闇の生き物に効果抜群で、彼らは彼女の魔力を大いに賞賛した。

「いつも、こんなことをしているの?」

 言われた彼らは意味が判らないと言うように目を見合わせた。

「だから、こうした……表に出ない仕事よ」

「成程」

 判ったというようにガルシランはうなずく。

「まあ、そういつもって訳じゃないが、たまにな」

「いつもこうなら、とうに生涯使い切れない金が貯まって、こんな冒険はやめている」

「よく言うぜ、イリーズ。あんたは戦うのをやめたら呼吸ができなくなって死ぬね」

「言ってくれるな、ブロン坊や。俺が戦狂いだって?」

「違うってのか?」

「そう見えたわね」

 メギルが肩をすくめて言うと、イリーズは天を仰いで負けを認めた。ガルシランはにやにやと笑う。

「さあて、大金が手に入った。今日は豪遊と行こう!」

 神殿のような大物からの依頼であれば報酬は破格だった。何もしないで、四人がひと月を贅沢に暮らせる。

 イリーズは金を貯めるというようなことを言っていたが、ガルシラン、サイブロン兄弟を含め、彼らはそういうことができそうな性格でもなかった。持っていれば、あるだけ、使う。

 金を貯めるなどという行為をするのは、いずれ店を構えてやろうと考えるどこかの雇われ人だとか、「金を持つ」ということ自体に快感を覚える商人(トラオン)だとか、そういった連中だ。戦士が金を貯めるとしたら、武器防具を新調するためくらいのものである。

 戦士という人種はたいがいにおいて若かったから、自身が年齢を重ねるうちに身体が重くなり、俊敏さが失われて、いずれ剣を持てなくなる日のことを考えない。経験を重ねればそれだけ凄腕の戦士になり、この道を歩いていけると信じている。

 或いは、しくじって死ぬような可能性については知っている。だからこそ、金を貯めるなんて無駄だと思うのだろう。たとえば後遺症を負って、一生治療費が必要になるかもしれない、なんてことはやはり考えずに。

 つまり、彼らはぱっと金を使っては、次の仕事に行く。

 その辺りは、警備隊やそのほかの戦士たちと変わらない。

 もっとも、「次の仕事」と言ったところで、そうそう摩訶不思議な依頼が降ってくる訳でもなかった。

 その間は彼らは賞金首と言われる犯罪人を追った。

 賞金稼ぎ(ウォグリル)という訳でもなかったが、彼らはそれを専門としている者たちと同じかそれ以上の数の、町憲兵隊の手から逃れる悪人を退治した。

 メギルは知らなかったが、彼らは「その世界」ではなかなかの有名人だった、ということになる。

 それに「火の魔女」が加わったという噂は、彼らの評判をますます上げた。メギルは、美女だと身体を求められたり魔女だと怖れられたりする前に、ガルシランの仲間だということで一目を置かれた。

 ガルシランの女だ、とは言われなかった。

 実際、ガルシランは「火傷に気をつけて」いるらしく、メギルに誘いをかけることはなかった。イリーズも警備隊時代の彼女を知っているから、迂闊に声をかけることもしない。

 問題だったのは若いサイブロンで、彼は年上の美女への憧れを隠そうとしなかった。兄がそれを禁じていたから積極的に誘おうとすることはなかったが、ふたりで酒を飲む機会でもあれば、どうにかメギルがその気にならないかと、彼女にとっては何とも微笑ましい画策をした。

 しかし、彼女はビートが死んでから、男と肌を合わせることを好まなくなっていた。

 おそらく、ガルシランはそれを知るのだ、と思った。

 だから弟にも釘を刺すし、メギルの周りに男がいれば、「ガルの仲間」だと判らせるようにする。

「護衛ってところかしら?」

 メギルにつきまとっていた男を追い払ったガルシランが隣に座れば、メギルは笑ってそう言う。

「まあ、そんなところだ。お前を所有する気はないが、手助けはする」

「どうして?」

 メギルは半ば面白がって、半ば本気で不思議に思って尋ねた。

「どうしてって、何がだ?」

 ガルシランは片眉を上げる。

「『所有する気がない』も、『手助けをする』も」

「そりゃ」

 男は肩をすくめた。

「火傷は怖いからだ」

「そうね」

 メギルも同じようにしたが、内心ではもしかしたら、落胆しただろうか。

「火の魔女は怖いわよ、ブロンにもまた、よく言っておくのね」

「そうじゃない」

 彼は首を振った。

「俺が自分の火傷を怖れるんじゃないよ、お嬢ちゃん(セラ)。俺は」

 十代の娘でもないのに「セラ」などと呼ばれたことに驚いたメギルはガルシランを見、視線が合った。

「お前が自分の火で火傷をすることを心配してるんだ」

「それは」

 彼女はゆっくりと言った。

「口説いているのかしら?」

「解釈は、ご自由に」

 ガルシランの声に裏の含みはないように思った。だが、答えが否ではなかったことは、メギルの心に残った。


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