06 全部言えって
ティルドは金魚のように口をぱくぱくとさせ、その言葉の意味を考えた。
いや、考えられなかった。
予想外の言葉に、彼の頭のなかは真っ白になったのである。
「あの、ティルド殿?」
「……何で、そんな」
ようやく彼が言えたのはそれだけだった。
「何で……だってあんた神官だろ。んなこと、判るのかよ。それに、冠じゃなくて耳飾りだって言うのか?」
「ええ」
セイはうなずいたことで、まず最後の質問に答え、それから続けた。
「私は、その、風と火に関しては、どう申し上げればよいのか判りませんが、師などは勘がよいと評してくださいまして」
風と――火。
少年の思考はそこに定まった。
「んじゃ、それでこの任務に?」
「そうだと思います」
セイの返答は自信なさそうだったが、ティルドは少しだけ納得した。そんな性質でも持っていなければ、とてもカトライ王やローデンが認める人材とは思えなかったからだ。
「それで」
ティルドは椅子に座り直した。
「耳飾りが何だって」
気のないように言ってみせたが、態度に反して目は強く光っていた。
〈風聞きの耳飾り〉。彼は先ほど、まさにそのことを考えていた。
「この街にあるように思います」
セイの言葉は躊躇いがちではあったが、はっきりとしていた。
「それじゃ」
ティルドは気のないふりなどするのをやめた。身を乗り出して続ける。
「メギルもここにいるか」
「そ、そうかもしれません。その、気配は判らないのですが」
神官がどもったのは、少年の迫力に押されたからであったろうか。
「ならどこだ。耳飾りはどこにある」
「判れば、お伝えを」
「いいから言えよ!」
ティルドは卓をばんと叩いた。セイの気弱そうな目が見開かれる。
「あの、ですから、判れば」
「嘘、つけ!」
それはほとんど反射的な言葉だった。セイは目をしばたたく。
「何故、嘘などと」
「それは、その」
今度はティルドが口ごもった。
「あんたは何か知ってるんじゃないかと思ったのさ」
何とかそんな言葉をひねり出す。「嘘だ」と感じた理由が何かあるように思ったが――思い出せない。
「知っているとは言い難いのですが」
セイは目を伏せた。
「おい、何でもいいから全部言えって」
少年はまた卓を叩きそうになったが、セイが泣き出しでもしてはいけないと思って、両の拳を握りしめるだけにした。
「耳飾りはどこにある。この街だって言ったな。気配とやらが判るんなら、街のどこにあるかも判るだろ」
「それは」
セイは視線をきょろきょろとさせた。
「その、そう簡単には」
「難しくてもやれよ!」
少年の声が強くなった。この「命令」には、さすがの神官も少し反感を抱いたようだった。
「失礼ですが、私は神殿の命で」
「いいからやれってば」
アロダであれば最後まで言い通すところだろうが、セイの反論などはティルドでも打ち負かせる。セイはその勢いに押されてしまったらしく、口を開けたまま言葉をとめた。
「お前たちは、俺の任務を助けるためにきてるんだろ。俺は別に守ってなんかほしくないけど、『そっち』方面については任せるしかないんだし」
彼は唇を歪めた。魔術や神術を頼らなければならないというのは、どうにもすっきりしないことだ。
「アロダは、いいや、ローデン様は俺の信じる道を往けと言う。だから俺は行く。お前がそれに協力しないんなら」
「しないとは、言っていません」
ようようと言った様子で、セイはティルドの言葉に割り込んだ。
「もちろん、協力はいたします。私の為すべきことですから。けれど、知らぬことを言えと言われても無理です」
セイは至極真っ当なことを言った。
「風は、この街に吹いています。私が言えるのはそれだけ」
「そんなの」
ティルドは鼻を鳴らした。
「魔術師並みに曖昧だな」
彼が知ればやはり嫌がるだろうが、それは、ヴェルフレストがカリ=スの言い様に対して放った台詞と同じだった。当人たちが何と言うとしても、おそらくユファスやカリ=スは彼らの奇妙な同調を面白がることだろう。
「アロダ術師の留守中は、積極的にあなたをお手伝いすることになります。何かを掴めばお知らせしますし、ティルド殿の方でも、何かが判れば」
「報告しろって? あんたに?」
「もちろんローデン術師に、です」
「ローデン様には、ちゃんと話をするさ」
ティルドは少し唇を歪めてうなずいた。
しばらくローデンと直接――魔術だが――話す機会を設けられていない。報告はアロダ経由だ。
だがアロダが不在であるなら、久しぶりに直接――魔術越しに――言葉を交わすことになるのだろうか。
個人的な気持ちとして、ティルドはローデンのことが嫌いではない。思っていたほど不気味でも怖くもないし、こっちの無作法にも寛容でいてくれる。ただ、任務に関しては腹の立つことしかない。「久しぶりに話せる」となっても、どうにも複雑なのだ。
「そうしてください」
ともあれセイは、ティルドが反発しなかったことに安心したようだった。
「お兄様は?」
「もう少ししたら、くるんじゃないかな」
「ご挨拶をしておきたいのですが、神殿の命もございまして」
「要らねえよ、伝えておく」
ティルドはひらひらと手を振った。
「では、お兄様によろしくお伝え下さい」
セイは立ち上がると礼をした。
「ああ、そうだ。これをお渡ししないといけないのでした」
はっとなったようにセイは隠しから何かを取り出した。
「護符です。私はアロダ術師のようにはあなた方のもとに魔術で跳んでいくことができませんけれど、それがあれば目標になりますから」
「へえ?」
ティルドは渡されたものを裏表ひっくり返して見ながら言った。
「これがあれば、跳んできてくれる訳」
「努力いたします」
それは黒っぽい金属でできているようで、伝説に言う竜のような形をしていた。竜というのは聖なる存在という考え方もあったが、物語などでは悪役であることが多い。神官の護符としては少し奇妙だったが、ティルドは深く考えなかった。
「まあ、お守りの類はたくさんだけどさ、要らねえって投げ返すほどでもないかな」
少年は肩をすくめてそれを翡翠の首飾りと同じ場所にしまいこんだ。
「そいじゃ、何か判ったら」
「ええ、お知らせいたします。あなたも」
「任せとけって」
ティルドは顔をしかめてもう一度手を振り、セイが姿を消すのを見送った。




