04 やっぱり答えられない
「ああもう、荒事は駄目だからね」
嘆息しながら言うのは、詩人だ。
「だいたい、単に同じ名前なだけかもしれないじゃないか」
「同名の魔女なんかにゃ、そうそう行き当たらんと思うがね」
「そこには賛成。こんな偶然がまかり通るほど世の中に魔女がたくさんいるとも思いたくない」
ガルシランの言葉に同意しながらも、ユファスはさてどうだろうか、という気持ちを覚えていた。
アロダは、この戦士に気をつけろと――引きずられるなと言った。もし彼が追うのが彼らと関わる金の髪をした美しい女ならば、ガルシランと彼らの道は交錯する。魔術師がどう案じようと。
ガルシランがユファスに見たのは、メギルの影なのだ。
そこにどんな戦士の勘が働いたのかは判らない。ガルシランはクラーナを魔術師のように言うけれど、この場合において言うならばガルシランの方がよほど魔法と使ったかのようである。いやそれとも、そうした感覚を持つからこそ、他人が見るものを知りたがるのかもしれない。
(不思議な人だ)
(そして奇妙な縁)
お勧めしませんね、との魔術師の言葉が聞こえた気がした。魔術師のアロダに、魔術師でないクラーナ。彼らは彼らに何を見るのか。
「どこで、知った」
ガルシランの短い問いには様々な感情がこめられているように聞こえた。ユファスはまたも返答を躊躇う。彼は、自分がそれを答えられる位置にいるとは思っていないからだ。
任務はティルドのもの。
当然、仇討ちも。
彼は弟に助言も手助けもするが、あくまでも彼は補助。そのつもりでいる。
「悪いけど、やっぱり答えられない」
答える権利は彼にはないと、そんなふうに思った。ガルシランの目は不機嫌そうに細められる。
「何故だ? 何の不都合がある」
「あなたは彼女を追っているんだろう」
ティルドもまた、追っている。それも「仇のようなもの」ではなく間違いない「仇」そのものとして。
この同期と差異は、何をもたらすだろう。何かをもたらすのだろうか?
「はっ」
戦士は苦々しく笑う。
「成程、魔性に見入られでもしたかい、おニイちゃん」
その言葉に目をしばたたき、何を言っているのだろうと首を捻って、ユファスはガルシランの笑いの意味に気づいた。
「……ああ、何の話かと思った」
彼は苦笑をした。
「僕は別に、彼女に魔法をかけられている訳じゃないよ」
「自覚できるやつは滅多にいないさ」
それが魔女を追う男の返答だった。
「僕が話せないと言うのは、ほかにもうひとり彼女を追う人間を知ってるから」
「弟くん?」
詩人の質問に彼はうなずいた。
「そうなる。ティルドは彼女を仇と」
「ティルド?」
クラーナは聞き返し、聞き返されるのならば「仇」の部分であろうと思っていたユファスは目をしばたたいた。
「〈涙石〉くん? まさか、僕が出会った子じゃないだろうけど」
「それこそ、そんなに珍しい名前じゃないと思うよ」
ユファスも同意した。
「だろうね。万一にもそんなことがあれば」
クラーナは肩をすくめる。
「僕は僕の運命を考え直したくなる」
天を仰いでクラーナは〈大地の女神〉の加護を祈る仕草をした。
「母なるムーン・ルーよ、どうかこの大地の子供をお守りください」
それにユファスは咳き込むところだった。
「な、何だって?」
「うん?」
クラーナは祈りの仕草のままで片眉を上げる。
「何って、何が」
「だから」
彼はつい、厄除けの印など切ってしまう。
「ムール、と」
「大地の子、って意味だよ。力なき民草にこそ力があるものだというたとえでもあり、何者にも動かされぬ強きものの意味もある」
それがどうかしたの、と神秘的な言葉を操る詩人が問えば、ムール兄弟の兄は戸惑った。
ティルド少年の「探索行」を〈涙石〉の名がもたらす宿命だと言ったのは、エイルの師匠にしてクラーナとも何か関わりがあるらしい魔術師だった。だが、探索に出なければならない宿命ならば、強きものの名を持つことは悪いことではないだろう、と思ったユファスは厄除けを取り消す仕草をして続けた。
「僕の姓は、ムールというんだ。ユファス・ムール」
「へえ」
詩人の目が面白そうに光った。
「そりゃ、いい。強い名前だ。探索の旅には向いてるよ」
「向いてないよりは、いいけどね」
ユファスは肩をすくめてそんな返答をした。
「それで」
クラーナがふたりを見る。
「ユファスの知る魔女、弟くんが追う仇とガルの追う仇は、同じ魔女だと思っていいのかな」
「それがお前の『予言』なんじゃないのか、隠れ魔術師め」
「酷いな」
クラーナが顔をしかめるのは「魔術師扱い」についてであろう。
「僕は予言なんてしない。できないよ。ただ、心配なだけ。君たちを取り巻く、運命と言われる類のものが、ね」
詩人は芝居がかって嘆息した。
「少なくとも、君たちがひとりの女性を巡って相争うことにならないよう、祈ってるよ」
その表現にガルシランはこの世でいちばん不味いものを食べたような顔をし、ユファスは苦笑するしかなかった。
ティルドが聞けば、そんな言い方はやめろ、冗談じゃない、とクラーナを怒鳴りつけるだろう。ガルシランの思うところは判らない。
ただ、メギルに関わるのは、ティルドだ。メギルは、腕輪を巡って自分の前に姿を現しはしたが、それだけだ。
自分が口を出すことのできる問題でもなければ、腕輪の件を除けば直接には関わることもないのだろうと、ユファスはそんなふうに思った。




