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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第4話 交錯 第4章

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03 性質の悪い冗談

「仇と言っても、そいつが直接に仲間たちを殺したという訳じゃない」

 ガルシランは静かに言った。

「だが、奴らが死んだのは、そいつの変節が原因だった」

 あまり語りたくはないというようにガルシランは肩をすくめた。

「逆恨みとは言わないけど、八つ当たりみたいなもんだよね」

 遠慮ない詩人の指摘に戦士は相棒を軽く睨んだが、怒鳴り出すようなことはせず、首を振ると肩をすくめた。

「まあ、いろいろ事情があったらしい」

 蹴り落とすようなことを言った割には、クラーナの次の言はガルシランをかばうようなものだった。

「どんな相手なんだい」

 ユファスはそこを尋ねた。「いろいろとあったらしい事情」を訊くのははばかられるように思ったのだ。ティルドであれば、アーリが殺された話を詳しく語りたくはないだろう、と考えたためもあったかもしれない。

「それは」

 ガルシランは唇を歪めた。それは思い出したくない相手を思い出したためであるようにも見えれば、屈折した笑みにも見えた。

魔女だ(・・・)

 クラーナが魔除けの印を切る横で、ユファスはまたもどきりとするのを覚える。

 彼は魔女と呼ばれる存在にひとりだけ心当たりがあるからだ。だが、まさか関係はあるまい。

「魔女、ね」

 ユファスは繰り返した。

「念のために訊いておくけど、ガル。その魔女の名前はメギルというなんて」

 性質(たち)の悪い冗談はないよね──というような言葉は続けられなかった。

 歴戦をくぐり抜けてきた戦士の強く早い腕が電光のように飛んできたかと思うと、ユファス青年の襟首が掴まれたからである。

「何故、その名を知る?」

「何するんだ、ガル。よせよ」

 クラーナは慌てたように言ったが、戦士は連れの方を気にすることなく、そのままユファスを睨みつけるようにした。

「……性質(たち)の悪い冗談も、あったもんだ」

 ユファスは驚きと痛みに顔をしかめながら、とめられた台詞を少し変えて続けた。

「放してくれよ。まさかまた、僕が」

 今度は嫌な想像に顔をしかめた。

「メギルに見えるって訳でもないんだろ」

 ガルシランは数(トーア)そのままでいたが、不意に手を離した。ユファスはようやく、息をつくことができる。

「それで」

「どういうこと?」

「どういうことだ」

 クラーナの声を皮切りに、ユファスとガルシランの声がかぶった。

「そこで何で僕を見るのさ」

 詩人は心外そうに言う。

「僕が知ってるはず、ないだろ」

 彼は首を振った。

「君たちやほかの誰が何と言おうと僕は魔術師じゃないし、予言の力もない。だから、ただの……そうだね、これは長年培った観察眼による感覚だな」 

 クラーナはふたりを見比べるようにすると目を閉じ、また開いた。

「君たちを出会わせるべきじゃなかったのかな」

 詩人は口調を変えた訳でもないのに、ユファスはそれが奇妙なほど重々しく響くことを感じていた。クラーナは彼とほとんど変わらぬ年齢であるように見える。だが、長年(・・)という言葉の内に、若者の欺瞞や増長はなく、ユファスはもしやクラーナは見た目よりもずっと年を取っているのだろうかと考えた。だがそれはそれこそ魔術師が持つ技である。

(今度こそただの一詩人として生涯を送るそうだ)

 不意に彼の脳裏に、アーレイドを出る日に出会ったエイルの師匠――玉葱が苦手だと言ったか――の言葉が蘇った。つまり、目の前の詩人は、本人が主張するほどにはただ人でないということになろうか。

「視てもらったことに感謝はするがね、リーン。ごたくは要らんよ」

 ガルの視線はユファスを向いたままだ。

「お前はあいつとどう関わった」

「どうって」

 何から話せばよいのやら、青年は迷った。だいたい、話してよいものか?

 これはティルドの任務とエディスンに関わりのあることだ。秘密だという訳ではないが、彼が出しゃばって何かぺらぺらと語ることではない。

「何を話せばいいのか」

 ユファスは思ったままのことを口にして肩をすくめた。ごまかす意図はない。いや、あったのだろうか?

「メギルと会ったのはいつ、どこでだ」

 ガルシランは静かに問うた。ユファスは躊躇う。メギルについて話をすれば、ティルドのことにも触れなければならない。それを彼は躊躇った。

 〈風読みの冠〉探しが極秘任務だと言う訳ではない。第一、ユファスは既にクラーナに首飾りと冠のことを尋ねてる。彼が、迷うのは。

 ひとりの魔女を仇として追う者同士が出会えばどうなるのだろう、と思うため。

 もしあの女魔術師の身体に剣をつきたてるのであれば、経験の浅いティルドよりも歴戦を重ねたガルシランにこそ可能であるように思う。ティルドも、認めたくなくても、それは判るだろう。もしそのようなことになれば、そのとき少年はどうするのか。

 ぱっとユファスの心に浮かんだのはその不安だった。

 仇討ちを他者に託すなど、弟はするまい。

 ならば、少年はどうするのか。

 同じ仇を追う相手に、剣を向けるようなことを――?

「おい、ユファス」

 ガルシランは、今度は掴みかかるような真似はしなかったものの、その視線は剣を突きつけられて脅されるも同様の迫力があった。仮にも元兵士はそう簡単にびくつくことはないが、ガルシランが真剣であることは、判る。

「僕とあなたを会わせたくなかったとクラーナが言った理由が何となく、判る気がする」

 青年はそんなふうに言った。

「クラーナが僕を……というよりはガルを案じるように、僕にも心配する相手がいる」

 その言葉にクラーナは肩をすくめたが、それは「ガルの心配なんてしてないよ」とでも言うかのようだった。

「だから、言えない」

 そう言いきるのは少し怖しい気がしたけれど、ユファスははっきりと言った。案の定、ガルの目は物騒に光る。

「言ってもらう」


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