02 非常に近いように思う
いったい何だろうか、と思う。
妙な疑いを抱いているのではなかったけれど、それでもまた会いたいだの、話をしたいだの言われれば、誤解をしそうである。
ユファスは誘いの意味で男から声をかけられたことはなかったから、自身がクジナ趣味の興味を惹くような外見をしているとは思わない。だからこそと言うのでもなかったが、いったい何だろうかと首を捻る程度である。
「やあ、ユファス」
「クラーナ、ガル」
ユファスはふたりに挨拶をした。彼を招いたのはガルシランであったが、クラーナがともにいる時点で特別な仲を求められているのではないと知れた。おそらくは、だが。
「お招きはありがたいんだけど」
ユファスは両者を見ながら言った。
「僕は弟との待ち合わせもあるんで、あまり長くは」
「かまわんさ」
ガルシランは言った。
「俺はただ、俺があんたに何を見たのか、この占い師に判定してほしいだけでね」
「占い師だって?」
ユファスは笑って、クラーナを見た。
「昨今の詩人は、占いもやるのかい」
「時にはね」
クラーナは澄まして言ったが、冗談だというように肩をすくめると笑った。
「人より勘が鋭いかなと言う程度さ。そう言ったところで君にエイルの気配を感じるでもなし。当てにはならないよ」
「何でもいいさ。俺はお前の歌を好むのと同じ感覚で、お前の八卦を聞きたいんだ」
戦士の口調は気軽だったが、茶化すのは難しい雰囲気を持っていた。
「僕が感じることだって? そうだね、ユファスは強い光のそばにいて、それが弱まったり、或いは」
クラーナはくすりと笑った。
「強まりすぎることのないように気を付けてる。そんな気がするけど」
「お見事」
皮肉ではなく、ユファスは純粋に拍手した。
「本当に、ルクリエでも食っていけるんじゃないか」
「まあ、弦を弾けないくらい年を取ったら、そうしてもいいかもね」
その返答にはどこか皮肉めいたものが込められいたようだったけれど、ユファスはもとより、ガルシランもその原因に思い当たることはないらしく、どうでもいいとばかりに肩をすくめていた。
昼過ぎの食事処は客の姿もあまりなく、話をするのには向いていた。ユファスは他者と語り合うことは嫌いではなく、他愛のない雑談を時間の無駄と考える人間ではなかったが、この語らいには違和感を感じていた。ガルシランがこんなに彼を誰だかと見間違えたことを引きずるとは思っていなかった、というのが第一だ。
クラーナの目利きも感心すると同時に面白く思ったものの、魔術的な雰囲気をも感じる。アロダのような魔術師と話す機会が増えたとしても、その手のことはどうも苦手だ。
友人であるエイルに関しては、魔術師だと思い出すことはティルドの件があるまでほとんどなかったくらいだし、「魔術師になる前」から厨房の少年だった彼を知っていることもあって、彼からそう言った不思議な空気を感じ取ることはなかった。だがクラーナは魔術師でなく吟遊詩人だと言うのに、奇妙な色を纏っている。
「それで、このユファスがガル、君の道にどう関わるかと言うと」
詩人の言葉に戦士が身を乗り出すと、ユファスもつい生唾を飲み込んだ。
「僕は占い師じゃないから、判らないよ」
クラーナは肩をすくめ、ガルシランは唸った。
「よせよリーン、もったいぶるな」
「リーン?」
吟遊詩人の名を「クラーナ」しか知らぬユファスは聞き返した。大したことではない、とクラーナは肩をすくめる。
「僕の別名。芸名みたいなもんだと思ってくれてもいい。ま、あまり深く気にしないで」
その説明に、とりあえず何でも反発する弟の対になるかのように、とりあえず何でも受け入れる傾向のある兄はやはり、そんなこともあるのだろうとうなずくにとどめた。
「もったいぶってるつもりはないよ。ここで演出なんかしていたらますます占い師みたいじゃないか」
クラーナは顔をしかめたが、ガルシランは「話せ」というように手招くだけだ。クラーナは深く息を吐いた。
「ああ、僕はもう道を指し示すのは真っ平だっていうのに」
詩人は芝居がかって嘆息し、仕方なさそうに続けた。
「簡単に言えば、君らの追うものは非常に近いように思う。何て言うのかな、厳密に言えばユファスは、それを追ってる訳じゃないと思うんだけど」
「近い」
繰り返したのはどちらだったか。
「意味がよく判らないな」
「俺もだ。だが判ることもある」
ガルシランはにやりとした。
「お前に何かを感じたのは気の迷いじゃないってことだ」
「どうかな」
詩人は天を仰いだ。
「だから、君は僕を何だと思ってる訳」
占い師でも予言者でもないんだよ、と続いた。
「ユファスといれば復讐相手に出会えるとでも思ってるなら、お勧めしないよ」
「復讐相手だって」
不穏な響きにユファスは眉をひそめた。
「追いかけてる相手ってのは、誰かの……仇」
「そうだ」
ガルシランは簡単に答えた。
「俺は、仲間と弟の仇を追ってる」
その言葉にユファスは何となくどきりとした。
弟の仇。
もし――ティルドに万一のことがあったとき、自身はその仇を討とうと追うだろうか。
それはあまりに不吉な想像であり、彼はすぐにその思いを遮断した。
口にすれば言葉が力を持つ、というのは魔術師たちの言だが、一秒経つ前に打ち消した悪い幻像は、声に出さなくても暗い力を持つように感じたのだ。




