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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第4話 交錯 第4章

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01 別にかまわないけど

 その館は、王城を見慣れている目で見ればそう豪勢だと言うこともなかったけれど、ごく普通の街びとの館としてはかなり立派なものだった。

 少女リエスの導くままに彼女を自宅まで送り届けたティルドは、城と言われるものでもない家に門番の類がいることに驚いたが、驚いていると気づかれればからかわれると思って表に出すことを避けた。

「何、驚いてんのよ」

 ティルドは呪いの言葉を吐いた。見抜かれている。

「別に。大したお嬢様なんだなと思っただけさ」

「それこそ『別に』だわ。おかしな勘違いしないでよね、あたしはここのお嬢様って訳じゃないのよ。ここで……そうね、世話になってるだけ」

「何だよそれ」

 ティルドは唇を歪めた。

「『世話になってるだけ』の小娘が、見張りに敬礼なんか受けるのか?」

「誰が小娘よっ」

 リエスはむっとしたように言った。

「彼らは礼儀正しいのよ。あんたと違うの」

「一言、余計だろっ」

 今度はティルドがむっとする。彼女と話していると万事がこの調子で、それはやはりアーリを思い出させたが、少し寂寥感は減っていた。

 兄たちがどう思おうと、それは少年本人にとっては、決して歓迎できることではなかった。彼はアーリを忘れたくなどない。

 世話がどうのという言葉の意味するところはよく判らなかったが、少なくとも一般的に考えられる親子関係ではないということのようだ。もしかしたら自分と親戚のようなことだろうかと思ったティルドは追及を避け、少し様子を見ることにした。

「リエス様」

 広い庭を通って――これだけでも、ちょっとした家が数軒は建ちそうな広さがあった――少女が無造作に立派な玄関を開ければ、まるで執事という雰囲気の――ティルドはそんな職業に縁がないからそうは思わなかったが――男が驚いたような声を出した。

「また勝手にどこへ行っていたんです」

「どこだっていいでしょぉ」

 少女は語尾を伸ばすようにして言った。どうやらごまかしたいらしいと思ったティルドはこっそり自身へ向けて呪いの言葉を吐き、それはアーリの癖であると思い直した。

「そちらは」

「友だち」

 悪いか、とでも言うようにリエスが「執事」を睨みつける。

「助けてもらったのよ、二度も」

「左様で」

 男はじろじろと少年を見た。

「では、礼でもやればよろしいですか」

「あのな、どいつもこいつも、いい加減にしやがれ!」

 いかにも見下すような調子で言われたティルドは簡単にその短い堪忍袋の尾を切る。

「心配して送り届けただけさ、何も要らねえよ!――じゃあな、リエス」

「待ちなさいよっ」

「受け取らねえからなっ」

 先の店でのやりとりを思い出してティルドが叫べば、リエスは首を振った。

「あんたがそういう奴なのは判ったわよ。でもこっちにだって感謝の気持ちってものがある訳」

 とても感謝しているとは思えない口調で言うと少女は不満そうに唇を尖らせたが、すぐにそれをやめて笑んだ。

「ありがと、ティルド。あんた、いい奴ね。また、あの宿に遊びに行ってもいい?」

「そりゃ、別にかまわないけど」

 ティルドはもごもごと言った。

「俺はその、いつ発つか判んねえぜ」

 兄に「ゆっくりしよう」などと言ったことは忘れたかのように彼は言った。

「何言ってんのよ!〈冬至祭(フィロンド)〉の間くらい、いなさいよね!」

 まるで命令のような言い方に少年はむっとしかけたが、反論は出なかった。と言うのも、彼は、彼の「すぐに発つかもしれない」という言葉にリエスが寂しさを覚えたらしいことに気づいてしまったからだ。

「ん、まあ、そうだな、俺にゃ珍しいもんだし、のんびりしても」

「決まり! ね?」

 ティルドはあたふたした。何故ならそう言ったリエスが、ほとんど彼に抱きつかんばかりにしたからだ。

「おいっ」

 彼は赤くなりそうになるのを懸命にこらえようとしたが、そういうものはこらえられることでもない。結果としてティルドの頬は熱くなった。

 ティルドはまた何かもごもご言うと、何か言われない程度に――文句や、からかいの言葉、どちらもだ――ゆっくりそれから逃れた。

「じゃ、またな」

 再会を前提とした言葉をつい口にしたことをティルドは自覚しないまま、彼を胡乱そうに見る執事の視線から逃れるように開いたままの玄関から外へ出た。

「うん、またね」

 リエスは戸口に立って彼を見送り、手を振る。そのとき。

 風が、吹いた。

 暖かい日とは言え、冬の風は彼の身を縮めさせる。当人は否定するもようだが、身体が弱いとしか考えられないリエスがさっさと家に入ればよいのに――と振り返ったティルドはどきりと、した。

 風神の悪戯、偶然、気紛れ、それとも、見えざる御手。

 少女の黒い髪がふわりと吹き上がると、その耳もとに白い(ぎょく)が光った。

(白詰草の意匠)

(真珠に、白詰草の)

(〈風聞きの耳飾り〉)

 まさか、と思った。真珠の耳飾りなんて、別に珍しくも何ともない。花の意匠がついているかまでは彼には見て取れなかったが――ついているはずもない。

(諦めるな)

(揃わぬ花を諦めてはならぬ)

白詰草(アイリエル)

蓮華(リエス)

 奔流のようにティルドを襲った思考は、形を取らない。彼はそのまま、執事が胡散臭そうな視線を送りながら閉ざす扉が、蓮華の花の姿を隠すのを見守った。


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