13 私が言うのは
「神殿に、気をおつけ」
「それは」
ローデンはきゅっと目を細くした。
「八大神殿のことですか」
「もちろん。お前はあれらを無闇に信じるような愚か者ではないはずだが、私が買いかぶっているといけないから」
「ご丁寧に有難うございます」
その返答に皮肉が混ざることは、〈媼〉には通じる。彼女は笑った。
「彼らはいつも善を行っているつもりだろうが、それが必ずしも」
「王家の利に一致するとは限らない」
ローデンは先取った。
「宮廷魔術師、だね」
以前の魔術師協会長が放つその言葉には、皮肉があったろうか。
「私はいまや協会よりもカトライ王陛下にお仕えして長いのですから」
「よく、言う」
老婆は笑った。
「宮廷に上がったその日から、協会の不文律を無視したくせに」
「両立しないものがあれば、どちらを取るかは自明の理。まさか、十五年の昔に協会を引っかき回したと恨み言を言うんじゃないでしょうね」
「言いたいけれどね、やめておくさ」
シアナラスは口をへの字にして顎をしゃくった。
「協会の坊やたちに、王家への忠誠を誓わせたらしいじゃないか? 私が口を出すことではないけれど、協会長が嘆いていたよ」
「フェルデラですか? あれには好きに嘆かせておけばよいのです。どうせ見せかけだ」
現職の魔術師協会長をあっさりと切り捨て、ローデンは言った。
「そもそも忠誠を誓わせた訳ではありませんよ。あなたは正確なところもご存知なんでしょう」
「協会の利益よりも王家のために動くこと。エイファム・ローデンの命令を最優先すること。そんなところかい」
「そんなところです」
ローデンは繰り返す。
「協会への誓いは、言霊の力以上のものを持たない。あれで充分です」
「命を賭せ、とは言わなかった訳だね」
シアナラスの言葉に彼は少したじろいだ。
「ヒサラ術師のことを言われるので」
「おお、ヒサラ。可哀相なことをしたよ」
〈媼〉は追悼の印を切った。ローデンも同じようにする。
「そこまでの制約は受けさせておりませんが、私が彼を死地に追いやった事実は同じ。叱責は甘んじて受けます。但し、ことが終わってからにしていただきたいですが」
「私がお前にどんな罰を与えられると言うんだい。私はギディラスではないし、まだそうであったとしてもお前は宮廷魔術師にして公爵様だ」
「その位を自慢したことはありませんが、あなたにそう言われるとさっさと捨てたくなりますよ」
「だがその位を持たねば、陛下の隣で彼を守ることはできまいね。彼につき合いたいのならば我慢おし」
「しています」
ローデンは苦々しく言った。
「フェルデラ協会長もお前にどうこう言うつもりはないだろう。彼らを選んでお前のもとに送ったのは、彼だ。彼もまた、若者を死地に向かわせたと自分を責めはするだろうが、お前に当たることはするまいよ」
「まるで私の知るフェルデラとは違う人物のようですが、まあ、それはいいでしょう」
魔術師は手を振った。
「神殿だったね。彼らだって、王家を敵に回したい訳じゃない。かつては専属の神官が王家についていたとも言うし、その頃から変わらずに敬意は払っているだろう。ただ厄介なのは、奴らはみんな、自分のところの神様がいちばんだと思ってることさ」
「私は、神殿同士の軋轢などに関わるつもりはありませんよ」
「八大神殿の公式見解。公式回答。それが出るまでにどんなやりとりがあるのだとしても、清廉な神官たちの長たる神殿長方がみんな敬虔な神女のように真っ白だとは思ってないだろう?」
「真っ黒とも思いませんがね」
ローデンは言葉を切って、考えた。
「『神殿は本当にやる気があるのか』……か」
ローデンは呟くようにした。
「手厳しいね」
それにシアナラスは笑った。ローデンは首を振る。
「私の言葉ではありませんよ。そう言ってきた男がいるのです」
「それは、アロダかい」
「ご存知でしたか」
「若い頃のお前が言いそうな台詞じゃないか。あのアロダの辛辣さはお前に似ているよ。もう少し背が高くて痩せていれば、私の好みだ」
長身で痩身の魔術師は、それには黙りを決め込んだ。
「ともあれ、爺様どもの老獪さは理解しているつもりですよ」
彼はそう言葉を続けた。
「おや、若いのも、いるだろ」
「そう言ってもせいぜい、あなたと同じくらいでしょうよ」
「女性の年をどうこう言うとは、失敬な男だね」
シアナラスは口をとがらせた。
「だが、とある神殿長などはお前よりも若いようだよ。同時に、年寄りだ」
「馬鹿な」
ローデンは一蹴した。だがそれは、矛盾した言葉に対する否定ではなく、シアナラスの言う意味を理解した上での否定だった。
「神官に、外見を操る術は禁じられている。破れば彼らの神力は消えるでしょう」
「もちろん、そうだろうさ。ましてや若返りの術などもってのほか」
それが否定の形を取った肯定であることも、ローデンには通じた。彼はわずかに首を振ると呟いた。
「有り得ぬ」
その言葉にシアナラスは目を見開く。
「頭が固くなったね、エイファム」
「あまり柔軟だとは言えないでしょうね。ただ、私が言うのは」
ローデンは息を吐いて、続けた。その暗い色の瞳が光る。
「ならばそれは神官では有り得ぬ、ということです」
「――賢い子だ」
〈媼〉はにっと笑った。




