11 魔女が嫌いです
「ローデン術師が疑っておいでだったのはまず、ヒサラ術師とともに殿下につけられていた神官が死んだのではないかということと、そのように簡単にやられる神官をつけたと咎められることを嫌がって、こっそりとその代理を送っているのではないかというようなことでした」
魔術師は肩をすくめた。
「ですが、非情に思われるのを覚悟で言うのであれば、それでも別にかまわんのです。結果的に役目が果たされるならね」
「だが、神官を犠牲にしたと神殿内で紛糾するようでは拙かろう」
「仰る通りで」
ヴェルフレストが顔をしかめれば、アロダもうなずく。
「神殿と一括りに言いますが、八人も神殿長がいれば、いろいろ面倒も多いでしょう。〈大将が多ければ、戦う前に全滅〉というやつですね」
アロダは少し馬鹿にするように続ける。
「成程」
「答えになっていない、術師」
にやりとするヴェルフレストを尻目に、カリ=スは指摘した。
「厳しい方ですねえ、カリ=ス殿。私ゃ答えましたよ。神殿は魔術師に従うことが気に入らんので、いくらか隠し立てもするでしょう。駄目ですかね、それじゃ」
「駄目だというのではないが、それはお前の意見だ」
「その通りです。私の意見じゃ納得していただけないなら、ローデン殿の意見ならよいですか。それとも、神殿の指示に従っている気の毒な神官を呼び出して詰問しますか。いっそ神殿に殴り込みでもかけてみます? エディスンの八大神殿長を揃えないと駄目ですかね」
さらさらと言われれば、砂漠の男には返せない。確かに「意見」を述べる以外、手段はなさそうだった。
「すみませんね、意地悪を言っている訳じゃないんですよ。『正解』というものを導き出すのは難しい。ですが殿下もカリ=ス殿も、私の意見が唯一絶対の正解であるなどとは勘違いされないのですから、それでよいではありませんか」
「お前に勘違いをさせる気がないのならば、よい」
カリ=スはそう言うと黙った。ヴェルフレストは、まるで自分よりもこちらの方が主人だな、と面白く思った。
「まあ、業火連中の望みを思えば、殿下が風具を手にされるまでは肉体的に傷を負わせるような真似はしないでしょう。無論、殿下の近くに連中の気配があって嬉しいとは思いませんが」
「それは」
ヴェルフレストは慎重に言った。
「俺がやつらの手先となって、手にした風具を渡してしまうという危惧か?」
「まさかそのような」
王子の言い様にアロダはびっくりしたようだった。
「何らかの魔術をかけられたとしても、簡単に心奪われる殿下とは思えませんよ」
アロダは何も知らぬように言った。それはラタンの言い様によく似ていたが、ヴェルフレストはアロダのそれに、ラタンの言葉に感じたような追従を覚えなかった。
「それから、申し上げておきますと、私は神官よりも魔女が嫌いです」
魔術師の宣言に王子は片眉を上げた。
「何故わざわざそうしたことを言う」
「それは、殿下が魔女を好いていらっしゃるからですね」
その返答にヴェルフレストはにやりとした。
「成程、お前も俺が魔女たちに魅了されていると言うのか」
言うことを挙げ連ねたら、ラタンとアロダの言うことはよく似ていた。「魔女」に関する言を取れば、カリ=スも一緒だったが。
「そうではないと言い切れますか?」
アロダは特別なことでもないように言った。
「殿下が例の〈白きアディ〉とどんなお話をされたのかは存じませんよ、私がついていた訳でもないですし、当たり前です。ただご記憶いただきたいのは、彼女が魔女と呼ばれるにはそれだけの理由があるということ」
女性魔術師への偏見ではありませんよ、などと魔術師言った。
「〈白きアディ〉とな。その呼び名は、誰に聞いた」
「ローデン術師です」
そう聞いてヴェルフレストは眉をひそめた。
「……何? ヒサラからでは、ないのか」
「おや、もしや、まだ試験が続いていましたか」
アロダは目を見開いた。
「私はヒサラ術師とは、ほとんど言葉を交わしたことがありません。この任務につく前も、ついてからも。全ての連絡はローデン殿を通っております」
「ローデンが、何故その呼び名を知る」
「知りませんよ、そんなこと」
あっけらかんとアロダは言った。
「その世界じゃ有名なんじゃありませんか」
これには王子は大笑いした。
「お前も『その世界』の人間だろうに。面白い奴だ。いいぞ、謀られるのだとしても、ラタンのように真面目なふりをした奴よりお前の方がよい」
「私だって真面目なんですがねえ」
アロダは残念そうに言った。
「もしかしたら殿下はお気に召さないかもしれませんが、あの魔女には本当にお気をつけください。女魔術師がああいった魔女になるには、たいてい闇の契約が伴うものですから」
「闇の、契約」
ヴェルフレストは繰り返した。
「嫌な響きだな」
「全くです。なかには呪いで魔女になってしまう女もいますけどね、たいていは自らの意志ですよ」
「ふむ」
ヴェルフレストは考えるようにした。メギルについては判らない。アドレアはどうであろう。やはり判らないが、彼は彼女を信用することにしたのだ。
それを口にすれば、カリ=スからもアロダからも、ローデンからも、いちばん言われたくないラタンからも「馬鹿な真似を」と言われることは想像に難くなく、彼は口を閉ざした。叱責が嫌だと言うよりは、うるさく言われては面倒に思う、と言う辺りだったが。
「ティルド殿の方も魔女に好かれていますが、殿下には敵わないようですね」
その沈黙に何を見て取るのか、アロダはそんなことを言った。ヴェルフレストは片眉を上げる。
「メギルか。アドレアか」
「前者ですよ。まあ、ティルド殿は可愛がられているというところで、彼女の好みは彼の兄上殿のようですけれど」
アロダは、ティルドが聞けば「可愛がられている」にも「ユファスが好み」にも激怒しそうな台詞を平然と吐き、肩をすくめた。
「ところで殿下。闇の神官殿はその後どうしていますか」
「知らぬ」
ヴェルフレストは簡単に言った。
「これまではいろいろと小細工をしてきたが、失敗に終わったと判ったか、姿を見せぬ。見たい顔でもないからかまわぬが、何か企んでいるのなら厄介だ」
「企んでいる方に禁煙をかけてもいいですがね」
アロダは鼻を鳴らして言った。
「では、もう少しお話を聞かせていただけますか。それからローデン術師に報告をして、ティルド殿の方にももっと守りを用意して。ああ、この調子だとうっかりやせ細ってしまいそうです」
太めの魔術師は嘆息し、こやつはずいぶん面白い、とヴェルフレストは思った。




