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風読みの冠  作者: 一枝 唯
序章
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02 宮廷魔術師

 果てのなき広大なる世界、フォアライア。

 世界には三つの大陸が存在した。

 東方にはラスカルト大陸。その東端には大砂漠が広がり、その向こうを見ようと旅に出て帰ってきたものはおらぬ。北方にはリル・ウェン大陸。その北端には決して晴れぬ霧が人々を惑わす。南方にはビナレス大陸。その南端には登っても登っても頂点の見えぬ大山脈が行く手を閉ざし、そして西方にはただどこまでも海が続くだけであった。

 世界には果てがなく、だがそれを神秘と見なして謎を解き明かそうなどと考えるのはごく一部の魔術師(リート)か学者、それとも夢見がちな冒険者くらいのものであって、大多数の人間は日々の暮らしを送るので忙しい。

 ここ、ビナレス大陸の西半分を占めるビナレス地方の北方陸線にある街エディスンでもそれは同じであった。

 〈風神祭(イルセンデル)〉は半年後である。

 十年に一度の大祭は何かと人々の口の端に上り、馬鹿騒ぎを嫌う一部の偏屈者を除けばほとんどの街びとがそれを楽しみにしているが、それでもまだ、先の話だ。

 今日や明日の糧を得るので精一杯な一般の民たちはやはり日常の暮らしを送っており、祭りのために何か違うことをするようなことはない。

 王宮でも、多くはそうだ。

 儀式長官やその執務官、従者たちこそ支度にかかっていようが、下っ端の軍団兵などは日々と同じような訓練をするばかりであり、祭りのための準備などは必要なかった。

 もちろん、ティルドにとってもそれは同じはずだった。

 だが儀式に使う〈風読みの冠〉をレギスの街まで取りに行く任務を負う小隊に組み入れられれば、確かに話は違ってくる。

 とは言え、その編成が彼らに伝えられるのもまだ少し先の話であり──。

「どうした?」

 ひと通りの訓練を終えたティルドは、ちょいちょいと彼を手招くようにする友人の姿を見つけるとそちらに寄った。

「何だよ、カマリ」

「また、きてるぞ」

 黒い肌をした友人カマリ・バンタルはティルドより五つは年上だったが、訓練段階はティルドとほぼ同じだった。と言ってもカマリの上達が遅い訳ではなく、ティルドのように成人してすぐに軍に入る方が珍しいのだ。彼は、どの段階にいても最年少であることが多い。

「きてるって」

 誰が、と言いかけてティルドは口をつぐんだ。友人の視線の先を見れば、目に入るのは──黒いローブ。この王宮のなかでそんなものを身にまとっているのは、ただひとりである。

占い師閣下(セラン・ルクリード)

 ティルドは唇を歪めた。

「やめろよ、聞こえたらどうするんだ」

 カマリは嫌そうな顔をして魔除けの印を切った。

 宮廷魔術師ローデンは立派な魔力の持ち主と言われているが、魔術師(リート)でない人間にはその力の大きさなどは判らない。占い師というのは、ごく稀にいる天才的かつ強大な予見の力を持つものを除けば、魔術師でありながら魔術師としては生計が立てられぬ程度のささやかな魔力しか持たない人間が生業とする職業である。なかには魔力も持たず、星見や口先だけで占いをするものもおり、つまりは魔術師に対して「占い師」と言うのは決して敬意のこもった言い方ではない、ということになった。

「どうもしないさ。閣下様は一兵士の軽口を気にするほど暇じゃないだろ」

「まあ、暇を持て余して俺たちの訓練を見学にきてるとは、思わないけどな」

「見学だって?」

 ティルドは眉をひそめた。

「たまたま通りかかっただけじゃないのか?」

「何だ、それじゃお前、やっぱり判ってないのか」

 カマリはまたも友人を手招きした。

「何だよ」

 馬鹿にされたような気がして、ティルドは少しむっとする。いいから聞け、とカマリは声を潜めた。

「あのな、ティルド。お前な。……お前だぞ、ローデン様に見られてるの」

「……知ってるだろうが」

 ティルドは思い切り、顔をしかめた。

「俺はクジナ趣味はないぞ」

 魔術師という人種は、概して異性との交わりよりも魔術書の方を好む。だがそれを「女に興味がない」転じて「クジナの趣味がある」と曲解されることもあり、宮廷魔術師ローデンにもそう言った噂があった。

 ローデンが侍女よりも小姓を選んで仕えさせている、というのは少なくとも事実であったが、それが噂以上のものではないことは、誰もが承知だ。

「近いうちに『お呼び』がかかるんじゃねえの」

「馬鹿野郎」

 ティルドは友人の頭をはたくと、もう一度そちらに目をやる。しかしそこには、もう黒いローブの不吉な姿はなかった。

 何となく薄寒いものを覚えながら――別に、そう言った目で見られていたかどうかと言うことではなく――少年は頭を振ると、与えられている休憩室に足を向けることにした。カマリの馬鹿げた一言など、少し休んで、街の酒場で一杯でもやれば忘れてしまうだろう。

 そう、その日の内に「お呼び」がかからなければ。


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