08 ご存知と思いますが
料理人というのは困った性癖を持っている。
簡単に言えば、美味いものでないと気に入らない。
ユファスは、そう口がおごっているという訳でもなかったし、城にいたと言っても彼のいた下厨房は使用人用で食材が豪華だと言うことはなかったから、少なくとも高級料亭でなければ満足しないということはない。
こうして旅に出てみれば、美味い飯屋とそうでない飯屋の区別は簡単についた――店構えや客の入り、それに、料理人の勘はなかなかのものだった――ので、そうそう「外れ」を掴むことはなかったから、問題はたいてい「どの美味そうな飯屋に入るか」ということになった。
彼がその店を選んだのは、通りからなかが見えやすかったからだ。つまり、相手が自分を見つけやすいということである。
こんな気遣いは魔術師相手には無用のようにも思ったが「せっかくですから〈風神〉通りのどこかの店にでも入って待っていてください」という、何が「せっかく」なのかよく判らないアロダの適当な言葉に従うなら、せめて判りやすい場所にしようと思ったのだ。
頼んだ粥料理は予想通り当たりで、ユファスはそれをのんびりと食しながら太めの術師を待った。
「こんにちは、ユファス殿。待たせましたか」
「そうでもない。こんにちは、術師。その格好は珍しいね」
いつものようにいきなり姿を現すのではなく、普通に扉から店に入ってきたアロダは、黒いローブを身に纏っていなかった。
「あんまり敬遠されるのもどうかと思いましてね」
「まあ、珍しいと言うならば、一緒に食事でもどうですかという誘い自体が珍しいけど」
「魔術師だって、霞食って生きてる訳じゃないんですよ。あ、ご主人、その定食をひとつよろしく」
アロダはほかの客が食べている定食を指してそう言うと、ユファスの前に座り込んだ。
「やれやれ。このあたりは涼しい季節があっていいですな」
「寒い、とは言わないんだね」
「私みたいにちょっと体格がよいとですね、エディスンの気候はつらいんですよ」
「成程」
ユファスは曖昧にうなずいた。
「それで、お話は?」
「ティルド殿はどうされました」
「可愛い女の子とデート中だ」
その返答にアロダは片眉を上げた。ユファスは笑う。
「見ていないの?」
「私ゃのぞき魔じゃありませんよ。居場所は把握していますが、一挙一動を監視している訳でもない」
「成程ね」
非礼だったろうか、とユファスは軽く謝罪し、アロダは手を振った。
「僕はまだ会っていないんだけど、可愛い子に誘われて宿を出て行ったらしい。本人は、ラウンなんかじゃないと力いっぱい否定するだろうけど」
「悪いことではないと思いますが、残念ですね。彼にもちゃんと話しておきたかったです」
「何か、あったのかい」
ユファスは警戒するように目を細めた。アロダは肩をすくめる。
「まあ、あったと言えばありましたが、ティルド殿に直接は問題ないでしょう。お気になさらず」
「問題があると言われるよりは歓迎できるけど、何があったって?」
「どこからお話ししましょうかね」
魔術師は考えた。
「ヴェルフレスト王子殿下のことはご存知と思いますが」
「何だって?」
突然の名前にユファスは目をしばたたいた。
「エディスンの第三王子殿下だよね? そりゃ、名前くらいは知ってるけど」
「おや、ご存知でない」
「直接お目にかかったことはないよ」
「いえ、そうではなく」
アロダは手を振った。
「殿下が風具探しの旅に出られていることですよ」
「何だって?」
ユファスはまた言った。
「初耳だな」
「おや。ティルド殿がお話ししているかと」
「ティルドも知らないんじゃないか? 知ってたら、言いそうなものだ」
「おやおや、これは失礼しました」
アロダは頭を下げた。
「私が話すべきだったんですかね。うっかりしました。これだから私は導師になれないんですな」
別になりたかないですが、とアロダは続けた。
「まあ、そう言うことな訳です。殿下もティルド殿と同じように旅に出られています。冠を追うのではなく、ほかの風具を探すために。で、彼には私と同じような術師がついている。いた、と言うべきですが」
「そこに、『何かあった』と」
「そうです。その術師と連絡が取れなくなりました。死んだと見るのが、まあ、判りやすいかと」
「……それは、『敵』との関わりが?」
淡々とした言い方に息を呑みながら、ユファスは問うた。
「あるでしょうね」
アロダは変わらぬ調子で言った。
「優秀な若者でしたのに、惜しいことです」
魔術師は冥界神コズディムの印を切り、戸惑いながらユファスも倣った。
「殿下はご無事でいらっしゃるのかい?」
「これまた優秀な護衛がついていますから、大丈夫でしょう」
「それは、神官?」
「さて。それはよく知りません。私と一緒にいるフィディアル神官のセイ殿は、正直、ぬぼーっとしていてよく判らない人間ですが、まあ、神殿が用意した人材ですし、無能ってことはないんじゃないですかね」
アロダはやはり淡々と辛辣なことを言った。
「優秀だと言ったのは護衛の戦士で。カリ=スという兵をご存知ですか」
「聞いたことあるような気がする。『東の男』だったかな」
「そうです。彼が殿下についています」
「へえ、腕のいい剣士だという話だったけれど、殿下の護衛になるまで出世したのか」
ユファスは感心したように言った。彼はカリ=スと面識はなかったけれど、いきなり現れて王に剣を捧げた東の男がいて、その「物珍しさ」を別としても雇いたくなるようないい腕を持っている、という噂は覚えていた。
「ともあれ、カリ=ス殿は優秀ですが、魔術が関わってくれば対応は難しくなる。と言って、陛下とローデン術師には、では次の魔術師を殿下につけましょう、という余裕はないのです」
「それはつまり」
ユファスは、定食が運ばれてきたので口をつぐみ、給仕が去ってから続けた。
「あなたが殿下の護衛につく、と?」
「当たりです。お見事です」
アロダは麺物の椀に手を伸ばしながら言った。
「陛下も人の子ですからご自身の息子が可愛いことは確かでしょうが、かと言ってティルド殿を疎かにすると言うのではありませんよ。おお、こりゃ美味い。いい店を見つけますな、ユファス殿」
ユファスは台詞の前半に何か言うべきか、後半に言うべきか、迷った。その間にアロダは続ける。
「生憎と協会は人材の宝庫とはまいりませんので。私は身を削って、ティルド殿と殿下のもとを行ったりきたりせねばならなくなりそうです。身が細りますな」
「そう」
ユファスは目を閉じた。
「心配だな」
「こちらはこちらで、魔女のことがありますからね」
アロダは同意した。
「本当はローデン術師がちゃっちゃと働いてくれればよろしいのですが。まあ、あの方にも事情がありますし」
ローデンが聞けば苦い顔をしそうなことを言いながら、アロダは蒸し饅頭を掴んだ。
「これも絶品ですな。セイ殿に土産を買ってってやりましょう」
言うが早いがアロダは店の人間に持ち帰り用の饅頭を頼む。それを見ながらユファスは声を出した。
「それじゃ、あなたがいない間にローデン公爵に連絡を取りたいようなことがあれば、協会に頼るしかないのかな? 街にいる間ならば、いいけどね」
「セイ殿が代役をできればよいのですが、彼の神力はちょっとばかり頼りないですからねえ。おっと、内緒ですよ」
「言わないよ」
ユファスは苦笑した。
「不可能ではないでしょうが、時間はかかるでしょう。実は、ローデン術師には一応、進言してあるんです。あの神官は真面目な若者ではありますが、こういった任務に向くとは思えない。そんな若者を用意して、神殿は本当にやる気があるのかとね」
「本当にそう言ったのかい?」
手厳しい言い方に驚いてユファスは尋ねた。
「言いましたとも」
アロダはきっぱりと言った。




