06 駄目じゃない
彼女がティルドを案内したのは〈白花〉亭という瀟洒な店で、旅人よりもフラスに暮らす人間、それもある程度以上金を持っている人間が訪れるような清潔な茶店だった。
卓や椅子も、ティルドがこれまで座ってきたような背もたれのないものや、茶色い木材の色がそのままにされているものとは違い、それらは丁寧に白く塗られ、飾り彫りがなされていた。給仕たちも汚れのない揃いのお仕着せを身につけて、店内をきびきびと動いている。
「けっこうな高級店なんじゃ、ないのか」
「そう? 普通よ」
リエスは肩をすくめた。
「あ、代金の心配は要らないわよ。あたしが出すから」
「馬鹿言ってんじゃねえよ、自分の分は自分で払う」
「何よ、意地張らないで。それにお礼だって言ってるでしょ」
「貧乏人じゃねえって言ってるだろ。それに礼は要らないってな」
ふたりは睨み合うようにしたが、給仕が注文を聞きにきたので、言い合いはいったんお預けとなった。
それにしても、よく似ている。
顔も、声も、仕草も、口調も。
言うことが少しだけ違うから――アーリは、盗みを働いた金でおごると言い、リエスは、親からもらった金でそう言う――まさか本当にアーリが生きていたのだとは思わないが、アーリにするように話しかけてしまいそうだ。いや、そうしてしまっている。
「なあ……リエス」
アーリ、と呼びかけたくなるのを懸命に抑えた。
「お前さ、身体、もういいの」
「ぜーんぜん、問題ないわ。ただ、ほら、言ったでしょ」
彼女は少し視線をさまよわせた。
「たまにね、あるのよ、女にはね、そういうことが」
「あ、ああ」
ティルドは咳払いをした。
「そう言や、そんなこと言ってたな」
「ターラス先生の薬で、すぐよくなったわ。知らないお医者さんだったけど、なかなかいい男だったし、今度何かあったらあの先生のとこ行こうかな」
「いい男」
ティルドは顔をしかめた。
「ああいうのは、親父って言うんじゃないのか」
アーリがハレサに対してそう言っていたことを思い出して、ティルドは言った。
「やーだ」
リエスはけらけらと笑った。
「そうね、あたしの倍くらいは生きてるかも。あっ、ティルドいくつ?」
「十七」
「あ、同じ!」
リエスはまるでそれがものすごい偶然であるかのように手を叩いた。
「お前も、十七か」
アーリも同じ年だった。ここで思い出せば痛いだけの記憶が、すぐに蘇る。
年が巡れば彼は十八になり、十九になり、年を取っていく。けれど、アーリはもう永遠に、十七のままだ。
「何よ、同じ年だと何か嫌なの」
「違えよ、ちょっと思い出すことがあっただけだ」
「ふうん?」
リエスはじろじろと彼を見た。
「あたしと間違えた、誰かさん? その人も十七なんだ?」
どきりとした。リエスが鋭いと言うべきか、ティルドが判りやすいと言うべきだろうか。
「まあ、な」
「誰? 旅に出てるとか言ってたわよね、故郷に置いてきた恋人とか?」
「そのような、もんかな」
ティルドは曖昧に言った。「置いてきた」と「恋人」の部分は正しいかもしれない。いや、置いてきたと言うよりも、彼が置いてかれたのか。
「恋人、いるんだ」
リエスは目をぱちぱちとさせた。
「駄目じゃない! ほかの女とこんなふうにお茶飲んでちゃ」
「お前が誘ったんだろ! それに第一、そんなつもりねえよ。お前にはあるのかよ」
「ある訳ないでしょ、馬鹿ね」
「馬鹿はないだろっ」
完全に型にはまったやりとりをして、ティルドは少しうつむいた。
「それに……アーリは怒らないよ。ラ・ムールの水は、生前への未練をなくすって言うだろ」
「ティルド」
リエスははっとなったようだった。
「それじゃ……ごめん、あたし、知らなくて」
「よせよ、言ってないんだから、当たり前だ」
そう言って彼は、苦いものを感じた。ティルドの両親の死を知らなかったアーリと、同じ会話をした記憶が蘇る。
「やめてくれ、本当に」
これ以上言葉を続ければ、全く同じ会話になっていきそうで、それがティルドは嫌だった。本人は認めないだろうが――怖かった。
「……ごめん」
リエスは繰り返し、本当に申し訳なさそうにうつむいた。
「いいんだ、気にするな。気にされると、気になる」
少年はよく判らないようなことを言った。
「その話は、やめようぜ。お前、何か俺に話があるんじゃないの」
「話があるっていうか」
少女は首を傾げるようにした。
「話を聞きたいっていうか」
「何だよ、それ」
「旅してるって、言ったでしょ。どんなとこ行ったのかなあって」
「別に……何も珍しいとこには行ってないぜ」
予想外の要望に、少年は考えた。
「エディスンからレギスに行って、そこからアーレイドに行ってレギスに戻って、ここにきた、ってくらいだ」
「すごい、長旅じゃない!」
「そうかな」
ティルドは判らないと言うように首を傾げた。
「それで、どこ行くの?」
「どこ?」
「旅の目的地。どっか行くとこがあるから、旅してるんでしょ」
「ああ、それなら、一応、コルスト。でもそこが目的地って訳でも、ない」
「何それ。変なの」
「いろいろ事情があるんだよ」
変と言われてティルドは少しむっとした。
「ねえねえ、海のあるとこの話、聞かせて」
「俺は語り部じゃねえぞ」
「判ってるわよ、でも少しばかり女の子の夢に協力してくれたっていいでしょ」
「夢ねえ」
ティルドは顎をかいた。




