04 すぐに手はずを
「では、その話を探るか」
「と言われますと」
「伝聞の伝聞の伝聞を遡ってやろうか、ということだ」
「大仕事ですぞ」
ギーセスが言った。ヴェルフレストはうなずく。
「判っている。だが、面倒そうだと言って捨て置くには気になる話だ」
「しかし、身分あるお方のやるべきこととは思えませぬ」
ゼレットの言葉はヴェルフレストには意外に思えた。
確かにそれは王子の仕事ではなく、命じて密偵の類にさせるものだ。だがいまの彼には使える手駒などはいない。カリ=スなら可能かもしれないが、砂漠の男は王子のそばを離れようとはしないだろう。
だがそれよりも、ヴェルフレストが意外に思ったのは、ゼレットは、王子の周囲の者――殊に侍従長のバルトあたりが――口を酸っぱくして言うような「身分をわきまえろ」というような台詞を口にする人間だとは思わなかったからである。
「そう言う地道で気の遠くなるような仕事は」
しかしヴェルフレストは続く台詞で、この伯爵への印象を改める必要がない、と知る。
「暇を持てあましている病人にでも任せておけばよいのです」
言われた「病人」は顔をしかめた。
「それは私が自分で言うことだ、おぬしに言われたくはない」
男爵の台詞は了承、或いは同意だった。
「では」
王子は驚いて言った。
「ギーセス殿が動いてくださると?」
「はい。この男は無茶苦茶をよく言いますが、幸か不幸かほら吹きではございません。彼が聞いたというのなら、少なくともそうした噂が出ているのは事実でしょう。街道上でとの話でしたが、ここタジャスでも聞けるやもしれません」
ギーセスの体調は万全とは行かないようだったが、目は子供のようにきらきらと輝いた。
「こやつは、一度夢中になると手がつけられませんので」
ゼレットは芝居がかってため息をついた。
「すぐに使用人たちに話をして町へやります。タジャス内で探れることは、数日のうちに判りましょう。情報をまとめるのにいささか時間がかかるやもしれませぬが、以前にもこういったことをやっております故、使用人たちも町の者も慣れております」
「成程」
ヴェルフレストは面白そうに笑った。このような「大仕事」を幾度もやっているというのならば、確かにギーセスは「一度夢中になると手がつけられない」傾向にあるようである。
「砂漠の魔妖と〈風謡い〉のつながりがあるや、否や。たいへん面白いことになってきましたな、お任せあれ、すぐに手はずを整えます」
嬉しそうにそう言ったものの、すぐにギーセスは咳き込んだ。ヴェルフレストは心配になる。当人が楽しんでいても、興奮させるのはあまりよくないのかもしれないと思ったのだ。
「ならばさっさと引っ込んで『手はず』とやらを整えい。殿下のお相手は俺がさせていただく。ほれ」
ゼレットはそう言うとギーセスに向かって追い払うような仕草をした。男爵はむっとした顔をしたが、おそらくこれはどう考えても知人、いや、悪友を互いに自称する親友同士のいつも通りのやりとりで、伯爵が男爵の身体を案じていることは歴然としていた。
「殿下、このゼレット・カーディルはご覧の通り、たいそう失礼な男でございます。ご不快に感じることも多々ございますでしょうが、どうか寛大なご措置を」
ヴェルフレストはつい――王子らしくなく――にやりとした。彼はこれらのやりとりを面白がっており、不興を覚えるにはほど遠い。そして男爵は、そのことを既に見て取っていると感じたのだ。
「ギーセス殿。私はご友人を手討ちにする権限を持ってはおらぬ。安心して休まれよ」
「有難きお言葉にございます」
と言ったのは、ギーセスとゼレットの両方、ほぼ同時であった。ウェレスの貴族たちは顔を見合わせると唇を歪める。ずいぶんと仲のよいことだ、と王子は思った。
「直接に調べたいのは山々だが、ギーセス殿にお任せするが最上、なのだろうな」
ゼレット伯爵との歓談を適当なところで切り上げて――お互い政治的な話を避けた結果として、カーディル城の猫の話などを聞くことになった――部屋に戻ったヴェルフレストは、開口一番そう言った。
「そうであろう」
砂漠の男はうなずいた。
「お前がどこかの酒場に出向いて、魔妖の話を聞かせろ、それを聞かせたのは誰か聞かせろ、などとやれば目立つし、王子のように命令でもすれば反感を買うだけだ」
ヴェルフレストは片眉を上げた。彼は尊大であるつもりはなく、王子にしては確かに相当砕けていたが、それでも庶民から見れば「偉そう」であった。
「だが男爵は、仰っていたように臣下を使える。余程に民から嫌われてでもいない限り、男爵の名も民びとの口を堅くする原因にはならず、むしろ逆だ。彼の方が向く」
「俺自身の評価には納得のいかぬところもあるが」
王子殿下は唇を歪めた。
「だいたいにおいては、賛同しよう」
そう言ってヴェルフレストは、おとなしく結果を待つことを告げた。
「それからヴェル。念のために言っておくが」
「何だ」
「私は『あとでまとめて』聞いてもらうものを忘れていないからな」
「……判った」
ヴェルフレストは不承不承うなずくと、改悛の仕草など、した。




