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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第4話 交錯 第3章

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04 すぐに手はずを

「では、その話を探るか」

「と言われますと」

「伝聞の伝聞の伝聞を遡ってやろうか、ということだ」

「大仕事ですぞ」

 ギーセスが言った。ヴェルフレストはうなずく。

「判っている。だが、面倒そうだと言って捨て置くには気になる話だ」

「しかし、身分あるお方のやるべきこととは思えませぬ」

 ゼレットの言葉はヴェルフレストには意外に思えた。

 確かにそれは王子の仕事ではなく、命じて密偵の類にさせるものだ。だがいまの彼には使える手駒などはいない。カリ=スなら可能かもしれないが、砂漠の男は王子のそばを離れようとはしないだろう。

 だがそれよりも、ヴェルフレストが意外に思ったのは、ゼレットは、王子の周囲の者――殊に侍従長のバルトあたりが――口を酸っぱくして言うような「身分をわきまえろ」というような台詞を口にする人間だとは思わなかったからである。

「そう言う地道で気の遠くなるような仕事は」

 しかしヴェルフレストは続く台詞で、この伯爵への印象を改める必要がない、と知る。

「暇を持てあましている病人にでも任せておけばよいのです」

 言われた「病人」は顔をしかめた。

「それは私が自分で言うことだ、おぬしに言われたくはない」

 男爵の台詞は了承、或いは同意だった。

「では」

 王子は驚いて言った。

「ギーセス殿が動いてくださると?」

はい(アレイス)。この男は無茶苦茶をよく言いますが、幸か不幸かほら吹きではございません。彼が聞いたというのなら、少なくともそうした噂が出ているのは事実でしょう。街道上でとの話でしたが、ここタジャスでも聞けるやもしれません」

 ギーセスの体調は万全とは行かないようだったが、目は子供のようにきらきらと輝いた。

「こやつは、一度夢中になると手がつけられませんので」

 ゼレットは芝居がかってため息をついた。

「すぐに使用人たちに話をして町へやります。タジャス内で探れることは、数日のうちに判りましょう。情報をまとめるのにいささか時間がかかるやもしれませぬが、以前にもこういったことをやっております故、使用人たちも町の者も慣れております」

「成程」

 ヴェルフレストは面白そうに笑った。このような「大仕事」を幾度もやっているというのならば、確かにギーセスは「一度夢中になると手がつけられない」傾向にあるようである。

「砂漠の魔妖と〈風謡い〉のつながりがあるや、否や。たいへん面白いことになってきましたな、お任せあれ、すぐに手はずを整えます」

 嬉しそうにそう言ったものの、すぐにギーセスは咳き込んだ。ヴェルフレストは心配になる。当人が楽しんでいても、興奮させるのはあまりよくないのかもしれないと思ったのだ。

「ならばさっさと引っ込んで『手はず』とやらを整えい。殿下のお相手は俺がさせていただく。ほれ」

 ゼレットはそう言うとギーセスに向かって追い払うような仕草をした。男爵はむっとした顔をしたが、おそらくこれはどう考えても知人、いや、悪友を互いに自称する親友同士のいつも通りのやりとりで、伯爵が男爵の身体を案じていることは歴然としていた。

「殿下、このゼレット・カーディルはご覧の通り、たいそう失礼な男でございます。ご不快に感じることも多々ございますでしょうが、どうか寛大なご措置を」

 ヴェルフレストはつい――王子らしくなく――にやりとした。彼はこれらのやりとりを面白がっており、不興を覚えるにはほど遠い。そして男爵は、そのことを既に見て取っていると感じたのだ。

「ギーセス殿。私はご友人を手討ちにする権限を持ってはおらぬ。安心して休まれよ」

「有難きお言葉にございます」

 と言ったのは、ギーセスとゼレットの両方、ほぼ同時であった。ウェレスの貴族たちは顔を見合わせると唇を歪める。ずいぶんと仲のよいことだ、と王子は思った。

「直接に調べたいのは山々だが、ギーセス殿にお任せするが最上、なのだろうな」

 ゼレット伯爵との歓談を適当なところで切り上げて――お互い政治的な話を避けた結果として、カーディル城の猫の話などを聞くことになった――部屋に戻ったヴェルフレストは、開口一番そう言った。

「そうであろう」

 砂漠の男はうなずいた。

「お前がどこかの酒場に出向いて、魔妖の話を聞かせろ、それを聞かせたのは誰か聞かせろ、などとやれば目立つし、王子のように(・・・・・・)命令でもすれば反感を買うだけだ」

 ヴェルフレストは片眉を上げた。彼は尊大であるつもりはなく、王子にしては確かに相当砕けていたが、それでも庶民から見れば「偉そう」であった。

「だが男爵は、仰っていたように臣下を使える。余程に民から嫌われてでもいない限り、男爵の名も民びとの口を堅くする原因にはならず、むしろ逆だ。彼の方が向く」

「俺自身の評価には納得のいかぬところもあるが」

 王子殿下は唇を歪めた。

「だいたいにおいては、賛同しよう」

 そう言ってヴェルフレストは、おとなしく結果を待つことを告げた。

「それからヴェル。念のために言っておくが」

「何だ」

「私は『あとでまとめて』聞いてもらうものを忘れていないからな」

「……判った」

 ヴェルフレストは不承不承うなずくと、改悛の仕草など、した。


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